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第一章 汝夜歩くなかれ--村正をかくす(4)
日期:2023-12-19 16:31  点击:247

「ふふん、そして君はいったいこの刀をどこへ隠しておいたのだね」

「仏間にある仏壇の抽ひき斗だしの奥へ隠しておいたのだ」

「それを知っているのは君だけかい」

「いいや、八千代も知っている。八千代とふたりで相談して、そこへ隠すことにきめたの

だ」

 私たちはそこで探りあうように顔を見合わせていたが、やがて私は重っ苦しく咽の喉ど

の痰たんを切った。

「まさか……八千代さんが……それに仏壇の抽斗といやアそれほどうまい隠し場所じゃな

い。誰かが偶然ひらいてみて……」

「いや、まあ、聞け、屋代。おれだってまさか八千代が正気で、この刀を持ち出したとは

思わない。しかし……ほら、昨日もいったとおり、八千代には夜歩く病気がある。ひょっ

とすると、自分では何も知らないで夢中で刀を持ち出したのじゃ……」

「しかし……それだって……変だぜ。いったい夢というやつは、潜在意識下に押しこめら

れている願望のあらわれだということになっている。とすれば、夢中遊行時の行動だっ

て、日ひ頃ごろ抑制された願望のあらわれだということになるじゃないか。八千代さんは

なにも……」

「ところが、それがあるんだ。八千代はおやじを憎んでいる。それこそ、憎んで憎んで八

つ裂きにしてもあきたらぬくらい憎んでいる。いや、おやじのみならず、現在おのれの生

母のお柳さまさえ、蛇だ蝎かつの如く憎んでいるのだ。だからあいつはこの刀で、おやじ

にお柳さまを殺させようとしたのじゃ……」

「止したまえ。止したまえ。そんな恐ろしい想像は止したまえ」

 私は思わずゾッと鳥肌の立つのをかんじた。あわてて直記の言葉をさえぎった。それか

ら出来るだけ落ち着いて、こう言葉をつぎ足した。

「そんな想像はこの際、何の役にも立たないぜ。八千代さんがそんなことをしたとして

も、夢中遊行時の行動だとすれば、彼女は何も知らないわけだ、追及するにも追及の方法

はあるまい、それよりも、善後策を講じるのが第一だ、二度ときょうみたいなことが起こ

らないようにね」

「それだよ、実は君にここへ来てもらったのもそのためだ。おれはもう一度、この刀を他

人の手のとどかないところへかくそうと思っているのだ。それにはぜひ君の手をかりねば

ならぬ」

「ぼくの手を……?」

「うん」

 直記はしばらく考えていたが、

「君、すまないが、ちょっと階下の食堂をのぞいて来てくれないか。守衛や八千代がまだ

そこにいるかいないか」

 私はちょっと直記の真意をはかりかねたが、グズグズしているとまた一喝をくう。そこ

ですぐに階下へおりてみたが、守衛も八千代も部屋へさがったと見えて、食堂には誰もい

なかった。かえって来てそのことを報告すると、直記はすぐ刀をさげて立ち上がった。

「よし、それじゃいまのうちだ」

 私たちは足音をしのばせて階下へおりていった。

 蜂屋の部屋のまえを通るとき、何気なくドアを見ると、相変わらず灯の色がもれていた

が、中はしいんと静まりかえっていた。蜂屋は電気をつけたまま寝入ってしまったと見え

る。階下の食堂の隣は、直記の書斎になっている。そしてその書斎には、壁にはめ込んだ

大きな金庫があった。

 直記は鍵かぎを鳴らして錠を開くと、つぎに三つある文字盤を順繰りに廻まわしてい

た。つまりこの金庫は、合鍵と文字盤と、二重に錠がおりるようになっているのである。

やがて文字盤の符号があうと、ガタンと音がして金庫の扉がひらいた。

 直記は金庫の中へ日本刀を押しこむと、すぐ扉をしめて錠をおろした。それから私のほ

うをふりかえって、

「屋代、このダイアルのほうは君にまかせる。この金庫は仮名三字の符号になっているん

だ。何んでもいい、三字の言葉を思い出して、ダイアルをまわしておいてくれ」

 直記はそういって、ダイアルの符号のかけかたを教えてくれた。このダイアルの周囲に

は、どれにもいろは四十八文字が彫ってあって、それによって言葉をつづるようになって

いるのである。

「わかったね」

「わかった。しかし……」

「いいからおれのいうとおりにしてくれ。おれは向こうへいっている」

 直記は金庫の傍そばをはなれて窓の方へいった。私は仕方なしに、思いついた三字の言

葉を、右から順につづっていった。そしていま綴つづった言葉がわからないようにグルグ

ルと出で鱈たら目めにダイアルを廻していると、

「出来たかね」

 と、直記がそばへ寄って来た。

「うん、出来た」

「よし、有難う。屋代、わかるね。こうしておけばこの金庫は、絶対にひとりの力ではあ

かないわけだ。おれは合鍵を持っているが符号を知らない。君は符号を知っているが合鍵

は持っていない。だから、二人寄らなければこの金庫はひらかないのだ。屋代、いま仕掛

けた金庫の符号を、君は絶対におれにしゃべってはいかん。メモにとるのもひかえてく

れ。三字の符号──、それはただ君の頭にだけ刻みこんでおくんだ。わかったかい」

「わかったよ、仙石、しかし、君は何んだってこんな用心をするんだ。おれに責任を分担

させなくたって、君一人でやったって、いいじゃないか」

「いや、そんなことはどうでもいいんだ。おれはやっとこれで安心した。今後この刀にど

んなことがあったところでおれは責任からまぬがれることが出来るんだ。おれひとりの力

じゃ、どんなことをしたって、この金庫はひらきっこないんだからね」

 直記はそこで、ほっと重荷をおろしたように、額の汗をぬぐっていたが、私にはなぜか

れがかくもバカバカしい用心をするのかさっぱりわけがわからなかった。いささか直記も

気が変になっていたにちがいない。

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