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第二章 大惨劇--惚れ薬(3)
日期:2023-12-20 13:03  点击:279

 お柳さまはまえにもいったように人形のように美しい。京人形のように万事が小作りで

繊細である。京人形のように冷たく取りすましている。それでいて、こういう女にかぎっ

て、愛欲の姿態にかけてはしたたかものが多いものだがお柳さまもそういう感じだ。

 お柳さまにくらべると鉄之進はずいぶん大きい。六十五とは見えぬほどみずみずしい肉

体と重量感を持っている。腕も腰もどっしり太く、浅黒い皮膚なども、蛙かえるの肌のよ

うにヌラヌラ濡ぬれているかんじである。年寄りのあまりみずみずしいのはいやらしいも

のだが、鉄之進はいやらしさを通り越して、何んだか不潔なかんじさえする。こういう二

人の夜の構図を連想すると、私はなんとなく、胸がムカムカするかんじだった。

 直記はしかし馴なれているから、そういう意味では平気なようだ。

「それではお父さんは昨夜ひとりだったのですね」

 鉄之進はまた大きく眼をみはって、息子の顔をにらみすえた。酒の酔いがギラギラと

熱っぽく噴いて、そういう眼付きを見ていると、直記の酔ったときにそっくりだと思わざ

るを得なかった。

「直記、それはどういう意味だ。わしがひとり寝ようと寝まいと……」

「お父さん、蜂屋をやったのは、例の村正なんですよ。今朝見ると村正がべっとりと血に

そまって……」

 瞬間、鉄之進の瞳めが大きく動揺した。歯をくいしばり、肩で大きく息をしながら、し

ばらく食い入るように直記の顔を見すえていたが、やがてがぶりとコップの酒を呷あおる

と、

「わしは知らん。第一、わしはあの村正がどこにあるのか知らんのだ。直記、おまえはあ

れを、わしの眼のとどかぬところへかくしてくれた筈はずじゃないか」

「そうです。お父さんばかりじゃない、誰だって手をふれることの出来ないところへし

まっておいた筈だのに……」

「それだのに村正が血にそまっているのか。あの村正が……」

 鉄之進はまたコップをわしづかみにしてがぶりと酒を呷ったが、そこへ間の抜けたかお

をして入って来たのは四よ方も太ただった。

「お柳さんや、どうもおかしい。どこを捜しても守もり衛えの姿が見えんのじゃが……」

 私たちはぎょっとして顔を見合わせた。お柳さまはあいかわらず冷たく取りすまして、

「そんな筈ないでしょう。あのひとは何年も家を出たことはないのだから……」

「ところがな。やっぱり家を出たらしいんじゃて。部屋を調べたところがオーヴァがな

い、帽子がない、靴がない、ステッキがない。それにスーツケースがない」

「スーツケースがない?……」

 直記はぎょっとしたように立ちあがった。

「仙石、守衛さんにはどこか訪ねていくようなところがあるのかい。友達だとか親しん戚

せきだとか……」

「友達? あんな奴に友達なんかある筈がないじゃないか。親戚なんて一人もない。訪ね

ていくとすれば、お喜多婆アのところしかないが……」

「お喜多さんというのは誰だい」

「守衛の乳母だよ」

「その人はどこにいるんだ」

「作さく州しゆうの奥さ。去年までこっちにいたんだが、あまり守衛に忠義だてして、う

るさくて仕様がないものだから故郷へ追っぱらったのだ。まさか、あんな遠いところまで

いく筈はないが……」

「いよいよ、どこを捜してもいないとすれば、お喜多のところへ電報でもうって、ききあ

わせてみるんだね」

 鉄之進がコップをおいていった。話題が自分をそれたので、いくらかほっとしたらし

い。

「ええ、そうしましょう。寅さん、来たまえ、守衛の部屋を調べてみよう」

「守衛さんがねえ。不思議ねえ」

 お柳さまが編物をしながら、あいかわらず顔もあげずに呟つぶやいた。

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