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第二章 大惨劇--あいびき(3)
日期:2023-12-20 13:07  点击:242

 八千代さんはしばらく、かみつきそうな顔をして、私たちの顔を見くらべていたが急に

気がついたように、

「そして……そして、兄さんはどうして?」

 と、息をはずませた。

「それが不思議なんだ。守衛さんのすがたが今朝から見えないんだよ。誰もあの人を見た

ものはいないんだよ」

 八千代さんの顔には、急に不安そうな色がひろがった。ハンカチを揉もみくちゃにしな

がら、

「ねえ、あなた、いま、犯人が首を持っていったとおっしゃったわねえ。死体には首がな

いのねえ。そうすると、それ、ひょっとすると兄さんじゃないのかしら」

「ううん、そのことはわれわれも一応は考えたさ。だから死体をしらべて見たのだ。そし

たら、やっぱり蜂屋だったよ」

「どうして? あなた、蜂屋のからだに何か目め印じるしがあるの知っていらっしゃる

の?」

「知ってるさ。その目印、君がつけたんじゃないか。ほら去年、キャバレー『花』で……

あのとき撃たれた傷きず痕あとが、ちゃんと太ふと股もものところにのこっているんだ」

「あっ!」

 と、叫んで、八千代さんは口に手をあてた。そして、ぼんやり宙に眼をやりながら、し

ばらく無言でひかえていたが、やがて、ひとりごとのように呟つぶやいた。

「それじゃ、間違いはないわねえ。殺されたのはたしかに蜂屋なのねえ」

「そうですよ。その点についちゃ疑問の余地はありませんよ。しかし、八千代さん」

 と、私が横から口を出した。

「あなたはどうして、殺されたのは守衛さんではないかと考えられたのですか」

 八千代さんはそれをきくと、ちらと素早い視線で私をながめた。それから憤おこったよ

うな固い顔になると、わざと私を無視するように、きっと直記のほうへ向きなおって、

「直記さん、あたしさっき、蜂屋とはなれの洋館で、あう約束などしたおぼえはないと断

言したわね。それ、むろん噓うそじゃないのよ。だけど……」

「だけど……?」

 と、私はからだを乗り出した。しかし、八千代さんは依然として、私を無視するよう

に、直記のほうを向いたまま、

「だけど、あたし、ゆうべはなれの洋館であう約束をしてあった人があるのよ。しかし、

それ蜂屋さんではなく兄さんなの」

 直記の眉まゆが急に大きくつりあがった。怒りとも嫉しつ妬とともつかぬ稲妻が、さっ

と眉み間けんをつらぬいて走った。

 八千代さんはしかし平気で、抑揚のない声で語りつづける。

「むろん、あたし、そんな約束守る気なんて毛頭なかったわ。兄さんと密会するなんて、

考えただけでもいやらしい、ゾッとするわ。だけど、ちかごろあの人、よっぽどどうかし

てンのよ。蜂屋さんが来てからかしら、人がかわったように荒っぽくなったわ。せんには

しじゅうビクビクとしてあたしの顔色ばかりうかがっていたのが、ちかごろとても高飛車

になって……癪しやくよ、少し……」

「いったい、いつ、そんな約束をしたのだい。守衛のやつとあうなんて……」

 直記はなにか、きたないものでも吐き出すような調子だった。

「昨日の事よ。ほら、蜂屋さんと喧けん嘩かをしたでしょう。そのすぐあとよ。いうこと

をきかなければ蜂屋のやつを殺してしまうって……」

 私たちはドキリとして眼を見交わした。しかし、八千代さんは相変わらず平然としてひ

びきのない声でしゃべりつづける。

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