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第二章 大惨劇--お喜多婆ア(3)
日期:2023-12-20 13:10  点击:247

 私に対する第一回の聴き取りはこんなところでおわった。

 そのあいだにほかの係官は現場であるところのはなれの洋館を、隈くまなく調査し死体

は解剖のため運び出されたが、それらの結果を私が知ったのはその翌日のことで、それは

主として新聞の報道から得た知識であった。

 それによると、蜂屋の殺されたのは、だいたい、真夜中の十二時前後ということになっ

ている。それは死後硬直や死し斑はんの状態にもよるが、胃の腑ふの内容物からもそう判

断された。あの晩、八千代さんが蜂屋に食事を持っていってやったのは十時ごろのことで

あった。蜂屋はそれを半分食ったらしく、あとの半分は皿のまま部屋のなかにのこってい

た。ところが、同じ食物が、二時間ほど消化された状態で蜂屋の胃のなかに残っていたそ

うである。

 蜂屋の殺されたのが十二時前後とすると、犯人以外にかれを一番最後に見たのは女中の

お藤ということになる。

 彼女が蜂屋のもとめで水を持っていったのは、ちょうど十二時ごろであった。そのとき

のことについて、お藤はこんなふうにいっている。

「お客さまから電話で、水を持って来るようにといって来られたので、それを持ってまい

りますと、あのかた、うとうとと眠っていらっしゃるようでございました。ええ、そのと

きはたしかに生きていらっしゃいました。かすかに寝息を立てていらっしゃいましたか

ら。そこで枕まくらもとのテーブルに、盆ごとおいて、そっと部屋を出たところで、直記

さんや屋代さんにお会いしましたので……」

 彼女の持っていった水瓶は、盆ごとテーブルのうえに発見されたが、不思議なことには

蜂屋は一滴も水を飲んでいなかったそうである。それはさておき、蜂屋はお藤が出ていっ

た直後、部屋を出て、はなれの洋館へいき、そこで誰かに殺されたのであろう。

 しかし、そうなると辻つじ褄つまのあわないのはあの村正の血である。われわれが村正

を金庫のなかへしまったのは十時半ごろのことであった。したがって、あの村正をまっか

に染めている血は、蜂屋のものでないということになる。と、すると、あの血はいったい

誰のものであろう。鑑識課でしらべたところによると、蜂屋の血液型と、まったく同じだ

ということだが……。

 それはさておき、ここに一番弱ったのはかくいう私である。私は古神家の邸内に、それ

ほど長く逗とう留りゆうするつもりはなかった。直記が軽けい蔑べつするとおり、私は三

文作家である。しかし戦後の雑誌氾はん濫らん時代で、私のような三文作家も三文作家な

りに、それ相当の注文があるのだ。もし、この家へ長く逗留しなければならぬとしたら、

相当の準備をして来たかった。私がそのことを沢田主任に申し出ると、

「いいでしょう。それじゃ一度帰宅して、用意をして来られたら……」

 と、ごくあっさりと許可がおりた。

 そこでその晩、雑司ガ谷の古寺へかえると、あちこち雑誌社とも連絡をとっておいて、

翌日昼過ぎ小金井へやって来ると、ちょうどそこへ解剖をおわった蜂屋のからだもかえっ

ていた。

 蜂屋という男は、親しん戚せきをひとりも持たない男だったので二、三の友人、それに

直記や私や八千代さんが集まって、その日のうちに火葬場へ持っていき、夜はかたちばか

りのお通つ夜やをしてやった。

 ところが、そのあとになってたいへんなことが起こったのだ。

 蜂屋の葬式がすんでから二日目のことである。作州の奥にいる守衛の乳母のお喜多とい

う婆アさんが、直記の打った電報に驚いて、はるばる上京して来たのである。

 お喜多というのは、六十五、六の見るからにいっこくそうな老婆だったが、さすが長年

古神家に仕えていただけに、田舎いなか者らしい醜さはなく、器量も服装も垢あか抜ぬけ

がして小ザッパリとしていた。

 彼女は鉄之進やお柳さまのまえで、直記からいちぶしじゅうの話をきくと、やがて静か

にこう反問した。

「すると、守衛さまが蜂屋という男を殺して、姿をかくしたとおっしゃるのですね」

 言葉つきはしごくおだやかであったが、その底には、何かしら、水のように冷たい反抗

が秘められている。

「うん、まあ、いまのところそういう見込みで、警察でも守衛さんの行方をさがしている

んだが、お喜多、ほんとうに守衛さんはおまえのほうへいかなかったのかい」

 お喜多は直接それにこたえずに、冷たい眼でまじまじと一同の顔を見渡していたが、や

がて、ゾッとするような声でこういった。

「これは何かの間違いです。守衛さんは人殺しをするような人ではありません。いいえ、

あの人こそ殺されたのです。そして、守衛さんを殺したのは、あなたと、あなたと、あな

たと、あなたです」

 お喜多はそういって鉄之進、お柳さま、直記、八千代さんを順ぐりに指さしていった。

私はその刹せつ那な、肚はらの底からゾッとするような恐ろしさがこみあげて来るのをか

んじた。

 さすがに一同もどきっとしたように、一瞬、言葉がなくひかえていたが、やがて直記が

どくどくしい声をあげてわらった。

「馬鹿なことをいっちゃいかん。だから、さっきもいっておいたじゃないか。その死体の

太ふと股ももには、ピストルで撃たれた傷きず痕あとがあったという事を……だから、あ

の死体は蜂屋小市という画家に……」

「いいえ、それだからこそ、その死体は、守衛さまだと申し上げるのです」

 お喜多婆アは、眉ひとすじ動かさず、一句一句に力をこめて、

「守衛さまは去年の夏、ピストルをおもちゃにしていて、あやまって自分の太股をうった

ことがあるのです。ええ、右の太股でした。ああ、わたくしがひとめその死体を見ていた

ら、たとえ首がなくとも、守衛さまだということを見破っていたのに……」

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