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第二章 大惨劇--ピストルの行方(1)
日期:2023-12-20 13:11  点击:296

  ピストルの行方

 お喜多婆アの一言は、われわれのあいだに爆弾を投じたも同様の効果をもたらした。あ

まりはげしいこのショックに、私は全身の筋肉という筋肉が、いたいほど硬直しているの

に気がついた。

 お喜多婆アは底意地の悪そうな眼で、ジロリジロリと一同を睨ねめまわしながら、

「蜂屋という画工さんの太股に、ピストルで撃たれた痕があったかどうか、私は知らな

い。しかし、もしほんとうにそんな傷があったとしたら、なんという奇妙なことでござい

ましょう。おなじ佝僂におなじ傷痕……おお、これにはきっと、なにか深いわけがあるに

ちがいない。そうじゃ、そうじゃ、これにはきっと、何か恐ろしい悪わる企だくみがある

にちがいない。そして、その悪企みの張本人というのは……」

 お喜多婆アはここでまた、細い、骨ばった指をあげて、鉄之進、お柳さま、それから直

記、八千代さんと順ぐりに指さしながら、

「そして、その張本人というのは、あなたと、あなたと、おまえと、それからおまえさん

じゃ」

 二度までこうして、お喜多婆アの痛烈な面めん罵ばにあいながら、しかし、誰一人とし

て抗弁しようとするものはなかった。

 お喜多の暴露した事実があまりに意外であったせいもあるが、もうひとつには、お喜多

のはげしい気き魄はくにのまれて誰もかれも、抗弁する勇気をうしなってしまったらしい

のだ。

 鉄之進はあっけにとられたように眼をまるくしていた。老人にしては厚みのある胸が、

はだけた襟の下で、はげしい息遣いをしている。直記はつとめて平静をよそおおうとして

いるが、それにも拘かかわらず唇が、痙けい攣れんするようにふるえている。八千代さん

は土色になっている。

 放心したような眼は、光をうしなって、乳色ににごっている。

 いつもあんなにとりすましたお柳さまでさえが、このときばかりはきっと眉まゆ根ねに

皺しわをよせてはげしく唇をかんでいた。

「お喜多さん」

 私はやっとショックから恢かい復ふくした。咽の喉どにからまる痰たんを切りながら、

「それはほんとうですか。守もり衛えさんの太ふと股ももに、ピストルで撃たれた傷きず

痕あとがあったというのはほんとうですか」

 私が膝ひざを乗り出すと、お喜多婆アはひややかな眼でジロリと私を見返した。

「あんたはいったいどういう方じゃな、この古神家とどういう関係がおありかな」

「ぼくは仙石の友達なんです。直記君と学校時代からの友人なんです」

 お喜多婆アはフフンと、あざわらうような皺を、鼻の頭にきざむと、意地の悪い眼でし

ばらくまじまじと私の顔を見ていたが、やがてゾッとするような声でこういった。

「直記さんの友達といわれるのかな。それじゃあんたもどうせろくな人間ではあるまい。

おまえさんもやっぱり悪人じゃろう。今度のこの一件のお仲間じゃろう?」

 これには私も鼻白んだ。しかし、憤おこる気にはなれなかった。こういう老婆の常とし

てお喜多はおそらく盲目的に守衛を愛していたのだろう、その守衛の身に起こったこんど

の椿ちん事じに、お喜多は半狂乱になっているのである。哀れといえば哀れであった。

「そんなことはどうでもいい。それよりも守衛さんのことだ。守衛さんにはほんとうに、

そんな傷があったのですか」

 かさねて私が念を押すと、お喜多は急に憤ったように声をたかめた。

「わたしがなんで噓うそをいうのじゃ。なんのためにわたしが噓をいわねばならないの

じゃ。さっきもいったとおり、守衛さまは去年の夏、ピストルをおもちゃにしていたらあ

やまって弾丸がとび出して、太股のところを射抜かれたのじゃ、そう、このへんじゃった

な、その傷痕は……」

 お喜多は少し膝をくずして着物のうえから自分の太股を指さした。そこはちょうどあの

死体の、傷のあったところと一致していた。

「しかし……しかし……」

 直記もようやく正気にかえったらしい。乾いた唇をなめながら、ひと膝まえにゆすり出

した。

「どうしてわれわれはそのことを、いままで知らずにいたのだろう。そんな騒ぎがあった

のを、なぜそのときわれわれは、気がつかずにいたのだろうか」

「それはわたしが内緒にしていたからじゃ。守衛さまの持っているピストルは無届だった

から、おまえさんがたに知られたら、またどのような難儀な目におとされるかわからぬと

思うたから守衛さまと相談して、誰にもいわぬことにしたのじゃ。しかし、わたしの話を

噓だと思うなら、内藤先生にきいてごらん。あの方が弾丸をぬいて、治療してくださった

のじゃから……」

「そういえば去年の夏ごろ、守衛さんはしばらく跛びつこをひいていたわね」

 そう口をはさんだのはお柳さまである。お柳さまはまたいつもの取りすました様子にも

どっていた。

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