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第二章 大惨劇--ピストルの行方(2)
日期:2023-12-20 13:11  点击:284

「どうしたのかとわたしが訊たずねると、足首を挫くじいたのだといっていた。そして繃

ほう帯たいをまいた足首を見せたけど、それじゃあのとき……」

「そうじゃ、そのときじゃ、ほんとの怪け我がを知られたら、何か間違いが起ころうも知

れぬというので、足首に繃帯をしてゴマ化しておいたのじゃ」

「しかし、守衛さんはなんだって、ピストルなんか持っていたんだい」

 直記がぼんやりした声で訊ねた。訊ねながら、しかし、頭の中ではほかのことを考えて

いるような声こわ音ねだった。

 お喜多婆アはジロジロと真正面からその顔を見ながら、

「それはな、表向きには強盗が怖こわいからだといっていられたが、いまから思えば、あ

の人には、強盗よりもっと怖い人がほかにあったのかも知れぬ。おお、そうじゃ、強盗よ

り怖い人間が、同じ屋敷うちに住んでいることを、守衛さんはちゃんと知っていたのかも

知れぬ。ああ、こんなことと知ったら、わたしはあのピストルを取りあげるのじゃなかっ

た」

「それはどんなピストルでしたか、何んという型の……」

「何んという型? わたしのような年寄りがピストルの型などどうして知ろう。それは掌

てのひらのなかへ入るような、小さな、可愛いピストルじゃった。守衛さんの話では、女

持ちだということじゃったが……」

「そして、そして、あんたはそのピストルを取り上げてどうしたのです」

 私は思わずせきこんだ。

「わたしはそれを、自分の部屋にかくしておいた、簞たん笥すのひきだしの中へいれてお

いたのじゃ。ところが……」

「ところが……」

「大分あとになって気がつくと、いつの間にやらピストルがなくなっていた。ひょっとす

ると守衛さまが持ち出したのかと思うたから、あの人に訊ねてみたが知らぬとおっしゃ

る。何事にもあれ、あの人は、わたしだけには決して噓をつかなかった。だからピストル

を盗み出したものはほかにあるのじゃ。それはきっと、この四人のなかの誰かにちがいな

い。あなたか、あなたか、おまえか、おまえさんか……この四人のうちの一人なのじゃ」

 お喜多はまた、細い、節くれだった指を四人の鼻先につきつけたが、そのとたん、私は

世にも恐ろしいある想像につきあたって、思わずゾーッと身をふるわせた。

 八千代さんが去年の秋キャバレー『花』で、蜂屋小市を狙そ撃げきしたピストルという

のが、即ちそれではあるまいか。いかに混乱した時代とはいえ、そしてまたいかに無軌道

な女とはいえ、八千代さんのようなわかい娘が、そう無む闇やみにピストルを手に入れる

ことは出来るものではない。お喜多婆アの簞笥のひきだしから、ピストルを盗み出したの

は、八千代さんではあるまいか。

 だが、そうするとこれはいったいどういうことになるのだ。守衛さんと蜂屋小市、首を

とってしまえば、ほとんど識別のつかぬくらい、よく似た体つきを持った二人の佝僂は、

同じピストルで、しかもほとんど同じところを撃たれたということになるのではないか。

 これが果たして偶然だろうか。そこに何かしら、偶然以上の、恐ろしい作為があるので

はあるまいか。ひょっとすると八千代さんがキャバレー『花』で蜂屋小市を狙撃したとい

う出来事からして、すでに今度の事件の計画的な前奏曲だったのではあるまいか。

 私は何かしら、えたいの知れぬ妖よう気きにうたれた。ゾーッとするような鬼気をかん

じた。反射的に身をひくと、私はさぐるように八千代さんの顔をぬすみ視みた。

 直記もまた、私と同じようなことを考えたのにちがいない。怖こわい眼をして、喰くい

いるように八千代さんの横顔を視詰めている。

 八千代さんの顔には、しかし、ほとんどなんの感動もあらわれていなかった。彼女はた

だ放心したように、うつろの眼を見張って、あらぬかたを眺めている。さむざむとした、

痴ち呆ほう的妖気が、美しい彼女の肩をくるんでいる……。

 お喜多婆アは狡こう猾かつな眼で、さぐるように私たちの顔色を見ていたが、やがてニ

ヤリと無気味な微笑をもらすと、

「おまえさんがたが、いま何を考えているのかわたしにはわからない。おまえさんがたの

ことだから、どうせろくな事は考えていないのだろう。しかし、そんなことはどうでもよ

い。鉄之進さんや、わたしはしばらくここに泊めてもらいますぞ。この眼が誰が守衛さん

を殺したのか、それをしっかと見とどけるまでは、わたしはてこでもここを動きゃアしな

い。鉄之進さん、よいじゃろうな」

 それに対して鉄之進が、どんな答えをするかと思って、私はかれのほうを振り返った

が、鉄之進のこたえは案外おだやかであった。

「ああ、いいとも、好きなだけここにいておくれ。そして殺されたのがあのヘッポコ画家

にしろ守衛さんにしろ、おまえの眼力で犯人がわかるものならわからしておくれ。そのほ

うがわしもたすかる。あっはっは」

 鉄之進は最後に、とってつけたような、笑いごえをあげた。

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