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第二章 大惨劇--首(1)
日期:2023-12-20 13:19  点击:262

 いまにして私は思いあたることがある。それは八千代さんを鉄之進の子であると思いつ

めている、直記のそのかんがえかたの原因なのだ。

 夢遊病者というような病癖は、あちらにもある、こちらにもあるというような性質のも

のではない。それにも拘かかわらず同じ家に、ふたりの夢遊病者があるとすれば、そのあ

いだに何か遺伝的なつながりがあるのではなかろうか。……こう疑いたくなるのは当然で

ある。直記は父に夢中遊行という病癖のあることを知っている。そのことはこのあいだ蜂

屋(あるいは守衛)の死体が発見された直後、かれが父にむかって放った質問からでも想

像出来る。あのとき直記は鉄之進にむかって、昨夜はよく眠れたかだの、お柳さまとずっ

といっしょだったかだのと、ひどく気にしていたようである。

 あのとき私は、質問の意味がよくのみこめず、なぜあのようなことを訊たずねるのかと

不思議に考えたが、いまにして思えば、直記はあのとき、父がまたしても夢中遊行の発作

を起こし、その発作中に、あのような兇行を演じたのではあるまいかとおそれていたの

だ。

 そして息子のそういう危き惧ぐを、鉄之進はさとっていたにちがいない。しかも、かれ

はじぶんでじぶんの行動に自信が持てないままに、あのようにオドオドしていたのだ。

 果たしてあの兇行が、鉄之進の夢中遊行中のしわざであったか……それは別の問題とし

て、こうしてここに一人の夢遊病者がある。そして、八千代さんにも同じ病癖がある。し

かも八千代さんの生母お柳さまというひとは昔からその品行に、とかくの噂うわさがあっ

たひとであり、しかもいまではげんに鉄之進の情婦となっている。直記が八千代さんを、

父の子とかんがえるのは無理はなく、おそらくそれは真実なのだろう。

 私はこの古神家にまつわる、底知れぬ不倫の泥沼に、なんともいえぬドスぐろいいやら

しさをかんじたが、それにしても、今夜また夢中遊行の発作を起こした鉄之進は、いった

いどこにいくのだろう。

 鉄之進は池をめぐって飄ひよう々ひようとあるいていく。争えないもので、その歩きか

たは、このあいだ見た八千代さんの歩きかたと、そっくりそのままである。顔をいくらか

上方にむけ、両手を少し後方に垂れ、雲をふむような歩き方。……これが夢遊病者の特徴

というべきものだろうか。

 鉄之進は池をまわって奥庭へ出た。疎林のむこうには離れの洋館が見える。鉄之進はあ

の洋館へいくのだろうか。と、すればやはりこのあいだの兇行は、鉄之進のしわざだった

のか、私は腹の底がつめたくなるような恐怖にうたれながら、なおかつ、そのうしろすが

たから眼をはなすことが出来なかった。

 今宵もまたおぼろ月夜。生ぬるい風が鉄之進のすそを吹く。どこかで雨を呼ぶような梟

ふくろうの声が陰気である。

 鉄之進はついに洋館のそばまで来た。しかしかれはそのほうには眼もくれず、疎林のな

かをくぐりぬける。

 そして、そして、そのまま飄々としてあるきつづける。はてな、それじゃかれの用事の

あったのは、この洋館ではなかったのか。と、すればいったいどこへいくのだろう。……

 むろん、夢中遊行中の行動に、常人の常識で律せられるような目的だの意識だのがある

のかないのか私は知らぬ。しかし、夢が潜在意識下におしこめられた願望のあらわれだと

したら、夢遊病中の行動にも、なにかしらそれを誘引する動機があらねばならぬはずであ

る。鉄之進が洋館のそばを通りぬけて、さらにおくへ進むとしたら、そこに何か鉄之進の

気になるものがなければならぬ。それはいったいなんであろう。

 洋館の背後は、もとは芝生になっていたらしいが、いまでは芝生のあいだに種をおとし

た雑草が、わがものがおにはびこっている。

 季節が季節だから、雑草もようやく春色をとりもどした程度だが、それでも夏のすさま

じさを思わせるには十分である。

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