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第二章 大惨劇--首(2)
日期:2023-12-20 13:20  点击:247

 この雑草園のむこうは、武蔵むさし野のの自然林である。井いの頭かしら公園にあるよ

うな杉が、亭々としてそびえている。そして、この自然林にとりかこまれて、湧ゆう水す

い池がうすじろく光っている。鉄之進は雑草園をふみこえて自然林のなかにわけいった。

 生酔い本性たがわずという言葉がある。酒飲みに案外怪け我ががすくないのは、泥酔状

態の底にも、最後の理性の糸がのこっているからである。

 酔いがさめてから、どうして無事に帰宅出来たかなどと不思議に思うのは、眠りととも

に記憶がうしなわれるからである。

 夢遊病者もそれと同じ理り窟くつではあるまいか。飄々として、他人から見るといかに

も危なげな夢遊病者の行動にも、夢中遊行時の理性がはたらいているのではあるまいか。

そして、それは覚かく醒せいと同時にうしなわれてしまうのだろう。つまり夢遊病者は一

種の二重人格者ではあるまいか。

 それはさておき、鉄之進はあいかわらず飄々として自然林のなかを抜けていく。まえに

もいったように、雑草はまだそれほどのびてはいなかったが、それでも低い灌かん木ぼく

がいちめんに生えている。鉄之進はその灌木をふみしだきながらフワリフワリとうくよう

に歩いていくのである。木の間をもれる月影に、白っぽく寝間着が、怪奇な斑まだらをお

いたように染め出される。

 やがて、その自然林をぬけると、鉄之進は池のほとりへ出た。

 私はこの屋敷へ来てからまだ日も浅く、それにああいう事件が突発したので、行動に制

約をうけることが多く、したがってこんなに奥まで踏みこんだのははじめてだったが、ひ

とめその湧水池を見ると、そのあまりにも美しい景色に恍こう惚こつとせずにはいられな

かった。むろん規模の大きさからいえば、井の頭の比ではない。善福寺の池よりもはるか

に小さいであろう。しかし、幽ゆう邃すいなる点においては、はるかに前二者をしのいで

いる。池をとりまく杉の木立は、枝をまじえて空を圧し、池半分がそのために小暗い影を

つくっている。そして他の半分は、折からのおぼろ月夜に、絖ぬめのような光沢をはなっ

て光っているのである。

 ここまで来ると夢遊病者は、にわかに歩調がゆるくなった。何かしら考えこむように小

首をかしげながら、池のほとりをノロノロ歩く。素足のしたに砂利のきしむ音がする。

 鉄之進の心をひくものは、たしかに池のなかにあるらしい。その証拠には、かれの眼は

たえず池の面にそそがれている。池の面に眼をそそぎながら、鉄之進はかんがえこむよう

に歩くのである。

 間もなくかれは半分池をまわった。そこでふいと立ちどまる。しばらくなにか考えこん

でいる模様である。何をかんがえているのか、それは私にもわからない。あいにくかれの

立っている場所は、杉木立のかげになっているので、すがたもハッキリ見えないくらいで

ある。ましてや、顔色などわかりようがない。

 一瞬、二瞬。……

 物陰にうずくまった私の心臓は、早鐘をつくように躍っている。口のなかがカラカラに

乾いて、舌が上うわ顎あごにくっついてしまった。

 ひょっとすると、このまま何事も起こらないのかも知れない。あるいは、何かしら驚天

動地のことが起こるかも知れない。私の全身は針金のように緊張し、私の神経は、とぎす

ました剃刀かみそりのようにとがりきっている。

 どこかで鯉こいがはねたらしい。ポチャンという生ぬるい音がきこえたかと思うと、ゆ

るやかな波紋が、月の光に明暗をきざみながら、ユラユラとひろがって来る。

 鉄之進のねむれる頭にも、その物音がかすかな波紋を投げかけたらしい。ユラリと一歩

かれはうごいた。それからそろそろ歩きだした。

 それはちょうど池のいちばん上手にあたっていた。

 ヒョータンの首のようにいったんくびれた池の向こうに、また小さい池がある。第二の

池は五坪か十坪しかない。二つの池を区切るように、小さい土橋がかかっている。

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