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第二章 大惨劇--首(3)
日期:2023-12-20 13:20  点击:289

 鉄之進はその土橋のうえに立って、またじっとうごかなくなった。かれの眼は、小池の

ほうへむかって、釘くぎ付づけにされたようにうごかない。しずかな夜の底から、サラ、

サラ、サラ、水の流れる音がする。

 そこで私ははじめて気がついたのである。第二の池というのが即ち湧水池なのである。

そこから吹き出した水が、橋のしたをくぐって、第一の池にそそがれているのだ。

 鉄之進はしばらく、ふかくかんがえこんだようすで、この湧水をながめていたが、やが

て何を思ったのか、橋のつけ根へひっかえすと、裾すその濡ぬれるのもかまわずにジャブ

ジャブと水のなかへ入っていった。

 湧水池はいたって浅いのである。深さは大人の膝ひざにもとどかない。底にはきれいな

玉川砂利が敷いてある。

 鉄之進はその湧水池のいちばん奥までいった。そこは一丈ほどの崖がけになっており、

崖のふもとに、五つ六つの手て頃ごろの石が組みあわせてある。水はその石のあいまから

吹き出しているのである。

 鉄之進はそれらの石を、ひとつひとつ取りのけて、下を改めている様子である。

 私の心臓はまたはげしく鳴り出した。いまに胸壁をやぶって、心臓がとび出して来るの

ではないかと思われるばかりであった。鉄之進はいったい何をしているのだ。石をとりの

けてその下から、何を探し出そうとしているのだ。

 ふいに鉄之進の唇から、かすかに声がもれた。……いや、洩もれたような気がしたのか

も知れない、あまり緊張していたがために、私はかえって耳鳴りのようなものを感じ、あ

らぬ物音をも、きいたような錯覚を起こしたのかも知れぬ。

 それはともかく、私が鉄之進の声をきいたと思ったその直後、鉄之進はパチンと音を立

てて、起こしていた石を水のなかに落とした。それからすっくと身を起こすと、バチャバ

チャと水をわたってこっちのほうへ引き返して来た。私はいそいで、物のかげに身をかく

した。

 あいかわらず、鉄之進の足どりは飄ひよう々ひようたるものである。ものかげにかくれ

ている私にも気がつかず、雲を踏むような足どりで通りすぎていく。すぐ眼のまえをとお

るとき、私はそっとのぞいてみたが、鉄之進の表情には、なんの変化もあらわれていな

かった。

 うつろに見張った眼、かすかにひらいた唇──それは夢遊病者特有の、妙に空虚なかんじ

のする表情以外の何物でもなかった。

 鉄之進は間もなく、飄々と自然林をぬけてすがたを消した。

 そのうしろ姿の見えなくなるのを待って私はものかげからとび出した。鉄之進が何をし

ていたのか、それをつきとめずにはいられない、強い衝動が、私の尻しりをつつくのであ

る。私は橋のつけ根から、水のなかへ入っていった。池底からいま噴き出したばかりの水

は、脚も千切れるばかりいたかった。しかし、強い好奇心のとりことなった私には、そん

なことも、あとになってぼんやり思い出すくらいのことであった。

 私は崖のふもとへかちわたっていった。それから、鉄之進の起こしていた石を、ひとつ

ひとつ起こしてみた。石にはいちめんに苔こけがむして、ヌラヌラとした感触が気味悪

かった。

 一つ、二つ、三つ目の石を起こしたときである。私はそのまま、自分の体が石になって

しまうのではないかと思われた。全身の血管が氷のように冷えきって、筋肉という筋肉

が、こぶらがえりを起こしたように硬直してしまった。あとから考えると私はあのとき、

呼い吸きをするのさえ、忘れていたのではないかと思う。

 石の下には生首があった。生首はうえむきにおかれてあったので、かっと見開いた眼が

うすくらがりのなかから、私をにらんでいるようであった。

 あまりの恐ろしさに、私は一瞬、気が遠くなったのにちがいない。何かしら、こんな光

景を何度もまえに、見たことがあるような気がした。そしてまた、これは夢なのだ、いま

に眼がさめたら、何んでもないことなんだ、と、どこかで囁ささやいているような気がし

た。

 だから、私が突然肩に手をおかれるまで背後にひとがちかづいて来たのに、気がつかな

かったのも無理ではあるまい。

 私は弾はじかれたようにうしろをふりかえった。それでいて石を起こした手をはなさな

かったのは、それをはなすと、生首の顔に傷のつくことを、どこかでかんじていたからに

ちがいない。

 肩に手をかけたのは知恵遅れの四よ方も太たであった。四方太は野獣のようにあらっぽ

い息遣いをしながら、私の肩ごしに石の下をのぞいている。かれの恐ろしい馬鹿力で、私

は肩の骨がくだけるような痛みを感じた。

「仙石が……仙石がここへかくしておいたのか」

 私はちっとも気付かなかったが、四方太も鉄之進のあとをつけて来たにちがいない。

「ぼ、ぼくにはわからない。まさか、あのひとが……」

「いいや、仙石だ、仙石のやつがかくしておいたのだ、でなければここに首のあること

を、知っている筈はずがない」

 それからかれは喰くいいるように生首のおもてを凝ぎよう視ししていたが、急に声をひ

くめて、

「守もり衛えさんの首だね」

 と、ささやいた。

 私はいまでもあのくらがりで、しかも半分腐敗したあの状態で、どうして四方太があの

首を、守衛さんの首だと断定出来たのか不思議に思っている。

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