行业分类
第三章 金田一耕助登場--金田一耕助登場(1)_夜歩く(夜行)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

第三章 金田一耕助登場

  金田一耕助登場

 姫き新しん線というのは姫ひめ路じから、伯はく備び線の新にい見みへ抜けるローカル

線である。

 伯備線というのは表日本の岡山と、裏日本の米よな子ごをつなぐ線路であり、新見はほ

ぼその中間にある駅だから、つまり姫新線は岡山県の中央部、というよりも北寄りの山岳

地帯の麓ふもとを縫うて、県下を横断していることになる。

 姫路から乗り換えて、私がこの姫新線に身を託したのは、三月過ぎ、四月も去って、あ

わただしい春も逝ゆき、沿道の緑がむせっかえるような青黒さで、照りかがやいている五

月六日のこと。

 思えば私がこの恐ろしい古神家の殺人事件にまきこまれたのは、まだ花の便りもきかぬ

三月初めのことであった。東京の西郊小こ金がね井いにある古神家の陰惨な離れ家で、わ

れわれがあの凄すさまじい首なし屍し体たいを発見してから、すでに二か月の月日が過ぎ

ようとしている。だが、この二か月のなんと短く、かつあわただしかったことか。

 私はいまでも眼をつむれば、あのおぞましい血みどろな佝僂の屍体を、まざまざと眼瞼

まぶたの裏におもいうかべることが出来る。そしてまた、それからあいついで起こった、

いろんな奇怪な事実の暴露や発見が、鮮明な印画となって、脳のう裡りのフィルムに焼き

付けられている。どの一ひと齣こまをとってみても、それは血も凍るような、おどろおど

ろの無残絵なのである。しかも最後にやって来たのが、生首の発見と八千代さんの失しつ

踪そう。……そこで俄が然ぜん、古神家の殺人事件は、クライマックスに達したように思

われた。

 新聞は蜂はちの巣をたたいたように騒ぎはじめた。検察陣はやっきとなっていきり立っ

た。小金井にある古神家は、それこそ旋風のなかにもまれる一枚の木の葉であった。私た

ちは世間の疑惑の眼に焼きつくされ、古神家の秘事はことごとく明るみへさらけ出され

た。

 だが、その結果は……? なにもなかったというよりほかにみちはない。検察陣のあら

ゆる努力にも拘かかわらず、八千代さんの行方は杳ようとしてわからなかったし、蜂屋小

市も依然として消息をたっていた。

 蜂屋小市……? そうなのだ。あの首なし屍体が守もり衛えさんときまった以上、蜂屋

小市はどこかに生きていなければならぬ。警察ではそこで改めて、蜂屋を追及しはじめた

らしいが、その結果はといえば、これまたことごとく徒労に帰したようである。

 蜂屋小市。……まったくかれは蜃しん気き楼ろうのような男だ。怪異な風ふう貌ぼうを

もって戦後の画壇に躍り出し、さまざまな問題を起こしたあげくがこの殺人事件。しかも

かれの過去は茫ぼう然ぜんとして、霧のかなたにつつまれているのである。誰一人、かれ

が戦前どこに住んでいて、何をしていたかを知る者はない。水に浮いた根なし草みたい

に、戦争という水面からこっちのことは、強烈すぎるほど強烈な印象となって、世間の脳

裡にきざみつけられているのに、水面から下は、とらえどころのないアヤフヤさで、神秘

の奥ふかく揺よう曳えいしている。

 そこでガゼン、疑惑の眼はこの怪人物に集中されはじめた。蜂屋はほんとに佝僂だった

ろうか。ひょっとするとかれは、戦後の異様な好尚に投じるために、あのような凝こりに

凝った扮ふん装そうをしていたのではあるまいか。そして守衛さんを殺したいまとなって

は、あの眼につき易やすい扮装をといて、どこかで涼しい顔をしているのではあるまい

か。更に八千代さんのことだが、彼女は共犯者とはいえぬまでも、守衛さん殺しの犯人

が、蜂屋であることを知っており、蜂屋とある種の諒りよう解かいのもとに、かれのとこ

ろへとび出していったのではなかろうか。……と、いうのがだいたい当時における世論

だったようである。そして、八千代さんのあの無軌道きわまる性格を知るものにとって

は、一応それは納得の出来る説だった。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
11/11 09:31
首页 刷新 顶部