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第三章 金田一耕助登場--金田一耕助登場(4)
日期:2023-12-21 13:58  点击:244

 私にはわからない。何もかもわからない。ただわかっていることは、直記も私に何かか

くしているということ。そしてかれに心を許してはならぬということ。

 それはさておき、私は直記より四日おくれて東京を立った。そしていま、姫新線のガタ

ガタ列車にゆられているのである。

 虫が知らせるというのか、私は東京を立つときから、今度の旅行がただではすまないこ

とを感じていた。ものにははじめがあれば終わりがなければならぬ。あのような恐ろしい

事件が、尻しりきれとんぼのまま終わろうとは思えない。そしてその終わりというのが今

度の旅行中に起こるのではなかろうか。

 私は突然、冷水を浴びせられたように身み顫ぶるいした。そしてそのことによって、

はっととりとめもない冥めい想そうからさめた。私は、眼を窓外から車中にうつして、あ

わててあたりを見み廻まわした。と、そのとたんガッキリと視線のあった男がある。

 その男は三十四、五の、どこにどうというとりえのない、いってみれば平凡な顔付きを

した男だった。列車の混雑にくたくたになったセルの着物に、これまた時代ものらしいく

たびれた袴はかまをはき、薄よごれたソフトの下からは、もじゃもじゃの蓬ほう髪はつが

はみ出している。どう見てもあまり立派な風ふう采さいとはいえぬ。柄も小さく、平凡と

いうよりは、平凡を通り越して貧相な男だ。私はひとめ見て、村役場の書記と踏んだ。

 唯ただ、気になるのはその男の眼付きである。瞳めだけは実に綺き麗れいにすんでい

る。すんでいるのみならず、叡えい智ちの光さえ宿している。それでいて冷たくはない。

ほのかな温か味をもって落ち着いているのである。

 私たちの視線があったとき、その男はかすかにわらおうとしたかのようであった。しか

し、そのまえに私は視線をそらしてしまった。しばらくして私がそのほうへ眼をやったと

き、その男は頭をうしろにもたらせて、静かに眼をつむっていた。それきり私はその男の

ことを、忘れてしまった。

 汽車が目的のK駅へ着いたのは、それから一時間ほど後のことであったが、なんとなく

人のいききする今日このごろでは、思ったよりも賑にぎやかな感じだった。数人の旅行者

にまじって改札口を出ると、約束どおり直記が来て待っていた。日ごろは憎い直記だが、

このときばかりはなんとなくかれの顔を見るのが嬉うれしかった。旅なれないせいであろ

うか。

「やあ」

「やあ」

「よく来たね」

「よく来たよ。まったく大変なところだね、先祖の土地を悪くいっちゃすまないが」

「馬鹿いえ。こんなことで驚いてちゃ、さきが思いやられる」

「もっと大変なところかい」

「そうさ。これからまだ三里奥へ入るんだからな」

「三里? おい、これからまだ三里歩くのかい」

 私は心細くなってあたりを見廻した。自転車は走っているようだが、乗合もなければむ

ろん自動車などあろう筈はずがない。

「馬鹿いえ。田舎いなか者じゃあるまいし、三里の道が歩けるかい。特別のはからいを

もって、牛車を用意して来てやったよ」

 直記の指さすところを見ると、なるほど牛車が一台、俄にわか仕立ての日ひ避よけをお

いて駅の外に待っている。

「あれに乗るのかい」

「はっはっは、そうはにかむなよ。このへんじゃあれでも特別仕立ての乗物さ。平安朝の

貴族が乗った檳びん榔ろう毛げの車とでも思って乗るんだね」

 直記も案外風流なことをいう。

 ところがわれわれがその車に乗ろうとしたときである。

「ちょっとお訊たずねしますが……」

 と、だしぬけにうしろから声をかけたものがある。振り返ってみるとさっきの貧相男

だった。

「はあ……」

 直記が不思議そうに訊ねると、

「ひょっとするとあなたがたは、鬼首村の古神さんのところへおいでになるのではありま

せんか」

 直記がそうだとこたえると、セルの男はにこにこわらいながら、

「それはちょうど好都合でした。実はぼくも古神さんのところへいくんですがね、お邪魔

でなかったら、御一緒に乗っけてもらえないかと思いまして……」

「古神の家へ……? あなたが……?……」

 私たちは思わず顔を見合わせた。

「そう、あなたのお父さんに招かれましてね。失礼しました。あなたは仙石直記さんで

しょうね。こちらが屋代寅太氏でしたね。ぼくはこういうものですが……」

 不思議な男が出した名刺を見ると、金田一耕助とただそれだけ。

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