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第三章 金田一耕助登場--二幕目(1)
日期:2023-12-21 13:59  点击:274

二幕目

 間もなく私たち三人を乗せた牛車は、ゴトゴトと駅の前を出発した。

 いくこと半里、道はしだいに登り坂となり、両方から山の峰々がせまって来る。左に見

える山やま裾ずそを縫うて、一条の谿けい流りゆうが流れている。

 間もなく私たちのいくみちは、その谿流と合して、かなり高い崖がけのうえをいくこと

になった。覗のぞいてみると数丈もあろうかと思われる谿たにの底には、いたるところ巨

岩巨石がごろごろとして、その間を縫うてかなり豊かな水量が、音もなく押し流れてい

く。山の陰に入ったせいか、空気も急にひえびえとして来た。

「なんという川だい、これは……?」

「旭あさひ川の上流だよ。今年は雨が少なかったので、これでも水量が少ないのだそう

だ。古神家の木なども、筏いかだに組んでこの川をKまで流すんだそうだが、今年は水量

が少ないので筏流しに困るとこぼしてたぜ」

「へえ? いまどきまだ筏なんて古風なものが存在するのかねえ」

「仕方がないさ。何しろ道がこのとおりだから、トラックなんてゼイタクなものは走りゃ

しねえ。まあ、原始的なことにかけちゃ、江戸時代といくらも変わりゃしないねえ」

「なるほど大変な路だ」

 路にはいたるところ、ごろごろと石が露出していて、牛車はそのうえを跳はねっかえり

跳ねっかえり進んでいくのである。うっかりおしゃべりをしていると、舌を嚙かみ切る心

配がある。

「そうさ。でも、こんなのはまだいいほうで一度大暴風雨でも来ようものなら、たちまち

崖がくずれて交通杜と絶ぜつとなる。そうなると鬼首村の近在三か村、一切外部と遮断さ

れてしまうんだそうだが、そういうことが毎年かならず一度か二度はあるという話だよ」

「へえ、そいつはまた心細いね」

 私はわざと大仰に首をすくめてみせたが、そういう話をしながらも、なんとなく奥歯に

物のはさまったような気持ちだった。そしてその気持ちが直記のほうにもあることを、私

はさっきから見抜いていた。いやいや、直記は私よりもはるかにイライラしているのだ。

金田一耕助という、思いがけない闖ちん入にゆう者しやのために、思うままにしゃべれぬ

もどかしさ。わがままなかれは、それで少なからず不機嫌なのだ。私は駅のまえでひと眼

かれを見たときから、何かあったなと感じていた。何か変わったことがあったとき、そし

てそれに動どう顚てんしているとき、直記はかえって軽薄になり、おしゃべりになる。見

栄坊なかれは自分の驚き、当惑、混乱がひどければひどいほど、いっときにそれをぶちま

けてしまうことを潔いさぎよしとしない。出来るだけ小出しに、チビリチビリとさりげな

く吐き出して来る。そしてそのまえには必ず、軽けい躁そうな饒じよう舌ぜつ状態を呈す

るのである。さっきからつづけられている毒にも薬にもならない谿流問答がそれだった。

 だが、そんな話をいつまでつづけていても、ちっとも心の慰めにならないことを覚る

と、直記は俄が然ぜん不機嫌になった。そしてそれきり黙りこんでしまった。

 金田一耕助という不思議な闖入者は、そういう空気を察したにちがいない。急に牛車の

うえで腰をあげると、

「あ、ぼく、ちょっとここでおろしていただきます」

「え?」

「小便をしていきますから……どうぞぼくにはお構いなくさきへおいで下さい。少しブラ

ブラ歩いてみたいですから。この路をまっすぐ行けばいいんですね」

「ええ、そう、一筋路だから間違うことはありませんよ」

「じゃ、荷物をお願いします。……くたびれたらまた追いついて乗っけて貰もらいます。

有難うございました」

 金田一耕助はヒラリと車からとび降りた。そして路傍の草にむかって、シャーシャー用

をたしはじめた。

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