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第三章 金田一耕助登場--二幕目(2)
日期:2023-12-21 14:00  点击:236

 私たちはそれをうしろに見ながら、牛車をさきにいそがせた。ゴットンゴットン、牛車

はあいかわらず同じテムポで、石ころ路を登っていく。左右の山々はいよいよ狭まって、

空気はますます冷えて来る。どこかジージーと油あぶら蟬ぜみがないている。

「なんだい、ありゃア……」

 よっぽどしばらくしてから、直記はいまいましそうに金田一耕助のおいていったスーツ

ケースを足で蹴けりながら、吐き出すように呟つぶやいた。

「君も知らないのか」

「知るもんか、あんなやつ」

「だって、君のお父さんに招かれてやって来たといってた。お父さん、そのことについて

何もいわないの」

「知らなかったねえ。寝耳に水だよ。おやじはいったいあんな男に、なんの用事があるの

だろう」

 直記はなんとなく不安そうである。よくマニキュアされた爪つめを、しきりに口で嚙か

んでいる。しかし、私にはそれよりも、直記の胸にあることのほうが気がかりなのだ。私

はうしろをふりかえったが、耕助のすがたはどこにも見えない。私は牛方のほうへ眼をや

りながら、

「おい、あの男は大丈夫かい」

 と、顎あごをしゃくりながら声を落とした。

「うん、あの男なら大丈夫だ。おうい、銀さん、銀さん」

 直記は声を張りあげたが、牛方は振りむきもしないで、ノロノロと牛の鼻面をとって歩

いていく。

「あのとおりだよ。耳が遠いのだ。少し話したいことがあったので、わざとあいつをえら

んだのだが……畜生ッ、金田一の野郎!」

 わがまま坊主の直記には、金田一耕助という無断侵入者がよっぽど癪しやくに障ったら

しい。

「何か変わったことがあったんだね」

 直記の横顔を凝ぎよう視ししながら、私は思わず声をひくめた。直記はきびしい顔をし

てうなずきながら、

「帰って来たんだよ、あいつが……」

 と、押しつぶされたようなしゃがれ声で呟いた。

「えっ、帰って来たって、誰が……?」

「誰がって、わかってるじゃないか。八千代のやつだよ」

 私は脳天から楔くさびをぶちこまれたような驚きにうたれた。茫ぼう然ぜんとして、し

ばらくは言葉も出なかった。

「仙石、そ、そりゃアほんとうか」

 直記は陰気な顔をしてうなずいた。

「いったい、そりゃアいつのことだ」

「このあいだ、君にわかれてこっちへ帰って来たろう。おれが鬼首へついたのは二日の夜

の八時ごろのことだった。途中で牛車が故障を起こして、半分以上歩かなければならな

かったんだ。おれは家へつくとすぐ風ふ呂ろへ入り、飯を食って自分の部屋へひきさがっ

たんだ。するとそこにあいつが寝ているじゃないか」

 直記はわざと素っ気なく、ポキポキと木の枝を折るような口調でいう。私はなんともい

えぬ恐ろしさがこみあげて来て、ガチガチと歯が鳴るかんじだった。

「で、家の人は誰も彼女のことを知らなかったのかい」

「うん、気がつかなかったらしい。もっともいまじゃおやじとお柳さま、それから小間使

いのお藤だけは知っているがね。ほかの連中にゃ内緒にしてあるんだ」

「で、どんな状態なの、八千代さん」

「はじめ二日ほどは正体なしだ。イヤらしい。まるで交尾期のすんだ牝猫みたいな状態で

ね。おれは側についていても腹が立ったよ」

「で、いまでは正気にかえっているんだね」

「うん、まあね、あれが正気といえるならばだ」

「変なところがあるのかい」

「変といえば変だが、あたりまえといえばあたりまえかも知れん。つまりいままでのあい

つの性格が、いよいよ極端化されて来たんだね。あいつの持っていた野性が、露骨にムキ

出しになって来やアがった。一切のものを否定してかかるとああなるんだろうね。とにか

く厄介な存在だよ」

「いったい、いままでどこにいたんだ」

「わかるもんか、そんなこと。訊きいたって鼻のさきでせせら笑ってやアがる。なにしろ

おやじにしてもお柳さまにしても、あいつのことは内緒にしておきたい肚はらがある。こ

んな山の中まで警官に追っかけて来られちゃたまらないからね。ところが八千代のやつ、

そういうこっちの弱身をちゃんと見抜いていやアがって、好きな駄々をこねやアがる。な

にしろ、自分はいつでも、おおそれながらと名乗って出る用意があることを、露骨に示

しゃアがるんでね。まるで逆だよ。自分の弱味を武器にして、逆にこっちを脅迫してるよ

うなものだ。バカバカしいとも思うが、どうにもならない。正直者が損をする世の中だと

いうが、まったくそのとおりに出来てやアがらア」

 直記は咽の喉どに、魚の骨でもひっかかったような声をあげて、毒々しくわらった。

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