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第三章 金田一耕助登場--二幕目(3)
日期:2023-12-21 14:00  点击:280

「しかし、そりゃ。……いつまでもそんな状態をつづけるわけにはいかんだろう。いずれ

は知れるにきまってる」

「そりゃそうさ。しかし、ただ知れるくらいなら結構だが……たかが容疑者隠いん匿とく

罪だろう。ところが、それよりまえに、何かまた恐ろしいことが起こりゃアせんかと、お

れはそれが心配なんだ」

「なにか恐ろしいことが起こる……? 何かそんな気配があるのかい」

 直記は陰気な顔をしてうなずいた。それから急にゾクリと身み顫ぶるいをすると、不安

そうな眼でキョロキョロあたりを見み廻まわし、いちだんと声をひくめて、

「やって来たんだよ、あいつが……」

「あいつ……」

「蜂屋小市だ。八千代を追っかけて来やアがったにちがいねえんだ」

 私はふたたび脳天から、鉛の楔くさびをぶちこまれたような驚きにうたれた。あまりの

驚きに手足がジーンとしびれるかんじだった。

「蜂屋がやって来たって!」

「バカ、大きな声を出すな」

「で、君たちあいつをかえしたのかい。つかまえもせずに……」

 私は喘あえぎ喘ぎ、たたみかけるように訊ねた。口の中がからからに乾いて、舌がひっ

つれるようなかんじだった。

「バカ、そうじゃないんだ。あいつがいかに大胆なやつでも、正面切ってうちへ来れるも

んじゃない。おれたちだってあいつの姿を見たら唯ただじゃおかない。ふんづかまえて交

番へつき出してやる」

「じゃ、どこへ来たんだ」

「どこへ来たのかわからん。また、いまどこにいるのかおれは知らん。しかし、あいつの

来たことは確かなんだ。村のやつで二、三人あいつの姿を見たものがあるというんだ。あ

れは一昨日の晩だったがね。村はずれの水車小屋の番人に、夜おそく、鬼首村へいくには

この路をいけばよいかときいていったやつがあるというんだ。それがそれ、佝僂でインバ

を着ていて、紐ひもネクタイを結んでいて、たしかにあいつなんだ。それから半時間ほど

後に、村でバクチを打ってたやつが、バクチに負けてかえるその道で、やっぱり同じ風ふ

う態ていの男に出会っている。そのときそいつは、古神家のお屋敷はどっちかときいてい

るんだ。なんでも真夜中の一時ごろのことだったという。ところが……」

「ところが……?」

「ところが昨日の朝になって、お藤がおれのところへ来てふるえながらこんなことをいう

んだ。昨夜、彼女は三時過ぎ便所に起きた。そのとき何気なく、便所の窓から外を見てい

ると、八千代の部屋から出て来たものがあるという。お藤がびっくりしてよくよく見る

と、それがインバを着た佝僂だったというんだ。夜のことで顔はよく見えなかったが、た

しかに蜂屋にちがいないとお藤めヒステリー気味でね、ひょっとするとお嬢さんがどうか

されたんじゃないかと、こういうんだ。そこでおれもびっくりして、八千代の部屋へいっ

てみたが、八千代め、グースラ、グースラ寝ていやアがる。それがまた、いかにもお疲れ

さまみたいに不潔きわまる寝姿だから、おれも思わずかっとした。八千代を叩たたき起こ

して詰問してみたんだが、やつめ、例によって鼻のさきでせせら笑ってやアがる。それで

もおれがしつこく訊ねると、ほざきゃアがったよ、直記さん、妬やける?……おれ、いや

というほど横っ面をブン殴ってやった。女を殴ったのは生まれてはじめてだが、すると八

千代め、急にわっと泣き出して、殺してくれ、殺してくれ、どうせ遠からず、わたしは殺

される体なんだ……と、いや、もう手がつけられない」

 直記はぐったりとしたように口をつぐんだ。陽はまだ空にある筈はずだが、山峡だけに

あたりはソロソロ薄暗くなりかけている。谿けい流りゆうのなかで河か鹿じかの鳴く声が

きこえたが、私は何かしら、遠い遠いところからきこえて来るような気持ちだった。

 直記は蒼あお白じろんだ顔をぼうっとあげると、

「ねえ、寅さん、いったいこれはどうなるんだ。おやじとお柳と四方太のやつがここへか

えって来た。そこへおれとお藤が加わったかと思うと、八千代のやつがかえって来る。そ

うするとそれを追っかけて蜂屋が現われ、そこへ君がやって来た。守衛のやつをのぞいて

は、登場人物はすっかり揃そろったわけじゃないか。ひょっとすると、事件の第二幕目が

ひらかれるんじゃないか。もし、開かれるとすると、第二幕目ではどんなことが起こると

いうんだ」

「さあ、もうソロソロ鬼首村でしょうね」

 だしぬけに声をかけられて、私たちはぎくりとして、牛車のうえからふりかえった。金

田一耕助は帽子をとって汗をふきふき、にこにこ下からわれわれの顔を仰いでいる。

 そうだ、登場人物はすっかりそろった。鬼首村で事件の第二幕目がひらかれるのかも知

れない。いや、きっと開かれずにはおかぬだろう。

 だが、その際、金田一耕助というこの新登場人物は、いったい、いかなる役割を演じる

のだろうか。

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