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第三章 金田一耕助登場--海勝院の尼(2)
日期:2023-12-21 14:02  点击:305

「おや」

 これを見ると直記は少し歩調をゆるめて、

「誰か来ているのかな」

 と、眉まゆをひそめた。

「どうして?」

「座敷に灯ひがついている」

 直記はにわかに足をはやめて、ぐるりと建物を一周すると、ガラスのはまった腰高障子

をがらっとひらいた。そこはちょうど湯殿のそばらしく、ほのぼのと風ふ呂ろのわく匂に

おいが、長途の旅につかれた私には快かった。あたりには誰もいず、ただ、その暗い電燈

がひとつ、すすけた天井からブラ下がっている。

「こっちへ来たまえ。おれはいつもここから出入りをするのだ」

 長い廊下をつたっていくと、間もなく明かりのついている座敷の前へ出た。直記は客が

気になるらしく、そっと障子をひらいたが、すぐあっというような叫びをあげて、ぴっ

しゃりそのまましめてしまった。

「あ、若わか旦だん那な……」

 客が立って出て来ようとする気配に、直記はいよいようろたえて、

「ちょ、ちょっと待って下さい。いますぐ着更えて来る……屋代、おれの部屋へいこう」

 直記は私と障子のあいだに立ちはだかるようにして、肩で私のからだを押した。

 私はなんだか妙な気がした。直記が障子をひらいたときちらと一いち瞥べつしただけだ

けれど、客はどうやら尼あまさんらしかった。頭を丸く剃そりこぼって被ひ布ふのような

ものを着ていた。相当年齢のいった、小こ肥ぶとりに肥った尼さんだったような気がす

る。

 だが、それにしてもおかしいのは直記の態度だ。かれはこの尼さんを私に見られたくな

かったらしい。妙な男だ。直記は私を信用しているような風をしている。それでいて何か

しら致命的な点で、私に知られたくないことがあるらしいのだ。私はふと小金井の屋敷に

ある離れの洋館のことを思い出した。直記はあの洋館の、明かずの窓のなかに、女をひと

りかくまっていたというのだが、いったいその女というのは何者だろう。私はいつか直記

がそのことを打ち明けるだろうと心待ちにしているのだが、いまもってかれは一言もその

問題に触れようとはせぬ。私もいこじになって訊きこうとしなかった。こうしてその問題

は、何かしら咽の喉どにひっかかった魚の骨のように、私たち二人のあいだのこだわりの

種になっているのだ。

「妙なお客さんが来てるじゃないか」

 座敷から廊下を曲がって、三つほどへだたった直記の部屋へつれこまれたとき、私はそ

ういってさぐるように直記の顔を見た。

「ふむ」

 直記はひどく不機嫌になっている。

「尼さんだね」

「君、見たのかい」

 直記の眼に、急にギラギラとした脂あぶらのようなものが浮いて来た。

「それゃ見たさ。君が障子をひらいたんだから……しかし、見ちゃいけなかったのかい」

 直記はだまって私の顔を見据えている。直記のほうでも何かしら、私の顔色から読みと

ろうとしているのだ。

「はっはっはっ」

 ふいに直記は咽喉の奥で、乾いたような笑い声をあげると、

「なあに、そういうわけじゃない……が、うるさくってね」

「なにが……?」

「ううん、寄付をしろというんだよ。田舎いなかはこれがうるさくってね」

 ただそれだけのことだろうか。それだけのことで、あんなに狼ろう狽ばいする直記であ

ろうか。それに、それだけのことならば、何もあの尼を、私の眼からかくす必要はないで

はないか。しかし、私は黙っていた。

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