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第三章 金田一耕助登場--官能的な風景(1)
日期:2023-12-21 14:03  点击:304

官能的な風景

 その夜……。

 直記の部屋の隣座敷、広い十畳にただひとり眠ることになった私は、しかし、なかなか

瞼まぶたがあわなかった。

 外には大雷雨が荒れくるっていて、おりおり雨戸の隙すき間まから、研ぎすました剃刀

かみそりのような光が、ピカッピカッと差しこんで来る。陽電子の激突する、すさまじ

い、カチカチというような雷鳴が爆発すると、そのあとしばらくゴロゴロと尾をひくよう

な余韻が、峰から峰へとどろきわたって、そのたびに地の底がゆれるような感じだった。

 閉めきった雨戸のなかの息苦しさから、湿度が急に上昇していくのがはっきりわかる。

まるで濡ぬれたタオルでぴったりと、鼻も口もおさえられたような息苦しさで、私はいく

たびか寝床のなかで寝返りをうってかえした。

 しかし、その夜私があんなに寝苦しい思いをしたのは、必ずしも、大雷雨と湿度のせい

ばかりではなかったであろう。何かしら自分の身辺におそいかかろうとする、恐ろしい未

来に対する漠然とした予感がピーンと一本の針金のように、私の神経を緊張させていたの

だ。

 私は軒を打つはげしい雨の音と、はためく雷鳴の裏側から、もっとほかの物音……気配

というようなものを聞きとろうとするかのように、あらゆる神経を耳にあつめて息をこら

していた。

 いったい、これは自分の思いすぎであろうか。果たして何が起こると保証されてもいな

いのに、このような不安と期待で神経をいたずらに酷使しているのは自分だけだろうか。

ほかの連中は、みんないい気持ちですやすや眠っているのだろうか。

 いやいや、そうは思えない。隣座敷の直記にしろ、奥のほうに寝ているという八千代さ

んにしろ、そうやすらかに眠れる筈はずがない。彼らも私と同じように、輾てん転てん反

はん側そくしながら不安に胸をおののかせているにちがいない。いや直記や八千代さんの

みならず、直記の父の鉄之進やお柳さま、さては四よ方も太たやお藤にいたるまで、何事

か待ちうけるように、呼い吸きをころして輾転反側しているのではあるまいか。

 しかし……それではいったい、みんなで何を待っているというのだ。いずれ古神家の周

囲に、何事かが起こらずにすむまいと思われるものの、それは必ずしも今夜起こるとき

まっているわけではない。ああ、これはやっぱり今宵の天候と気温から来る、私の妄想に

過ぎないのであろうか。

 私は強しいておそい来る不安を払い退けようとつとめた。出来るだけ精神を安静にた

もって、眠りにおちようと努力してみた。しかし、あせればあせるほど、頭脳はますます

冴さえわたり、瞼を閉じるとその裏に、さまざまな怪しい影像がうかびあがって来る。私

はあまりの寝苦しさに耐えかねて、寝床のうえに腹はら這ばいになると、くらがりのなか

で煙草とライターをひきよせた。

 その時だった。

 どこか遠くのほうから、キャーッと女の魂たま消ぎるような声がきこえた。私ははっと

してくらがりの寝床に起き直ったが、するとまたしても一声二声、ひびきわたる女の悲鳴

につづいて、ドヤドヤと入り乱れた足音と罵ののしりあう男の声がきこえて来る。私は驚

いて廊下へとび出したが、その拍子に隣座敷からとび出した直記とバッタリ顔を合わせ

た。

「ど、どうしたのだ、直記、あれはなんの音だ」

「おやじがまた、酒乱を起こしたのじゃないかな。ちょっといってみよう」

 離れから母おも屋やへは、広い一間廊下がつづいている。その一間廊下のなかほどには

軒のき行あん燈どんのような電燈がひとつ、いまにも停電しそうに危なっかしくまたたい

ている。廊下の外はあいかわらず、物もの凄すさまじい大荒れだった。

 母屋の口まで出ると、お藤が裾すそを乱して走って来た。

「ああ、若わか旦だん那な」

 お藤はわれわれの姿を見ると呼吸をはずませて、

「早く来て下さい。早く来て下さい。親旦那が……親旦那が……」

「おやじがどうかしたのかい?」

「また、お酒を少し召し上がりすぎて……お柳さまを……」

「ちょっ、また、酒乱かい。放っとけ、放っとけ、お柳も少し思いあがりすぎているん

だ。たまにゃ小こっ酷ぴどく痛めつけられるのがいいのさ」

「だって、だって、刀を振りかぶってお柳さまを追っかけまわしているんです。もしもお

柳さまの身に間違いがあってはなりません。早く来て、なんとか親旦那さまをとりしずめ

て下さい」

「ちょっ、またかい。いい年をして手のかかるおやじだ。寅とらさん、すまねえが一緒に

来てくれ」

 この母屋はふつうの縁側のなかに、お入いり側がわと称する畳廊下がついている。なん

のことはない、江戸時代の大名屋敷といった構造だ。お藤の案内でこの長いお入側を走っ

ていくと、やがてお柳さまの寝所の前に出た。この寝所は二間つづきになっていて、表の

ほうは化粧の間、奥のほうが寝間になっているが、その奥のほうから牛のような鉄之進の

怒号がきこえて来た。

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