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第三章 金田一耕助登場--竜王の滝(3)
日期:2023-12-21 14:06  点击:280

 五、六丁さきの山径を、八千代さんが雲をふむような足取りで、ひょうひょうとして飛

んでいくのを。……しかも、彼女は片手に抜身をさげていた。……

「おい、急ごう」

「うん」

 稲妻が消えると、あたりはまた、漆うるしに塗りつぶされたような闇やみである。その

中からとどろく雷鳴、吹きすさぶ疾風、泣き叫ぶ木々の騒音、篠しのつく豪雨のひびき、

さらにそれにまじって、谿流の水音が一種の物もの凄すごいシンフォニーをかなでて耳を

圧する。

 私たちは夢中になって走っていったが、そのうちに下のほうから、おおい、おおいと呼

ぶもののあることに気がついた。

「畜生ッ、金田一耕助の野郎だぜ」

「あの男、いったい何者なんだ。いやにお節介をするじゃないか」

「何だか知らない。しかし、あいつにつかまっちゃ大変だ。あいつの来ないうちに八千代

をつかまえて、どこかへかくしてしまわなきゃならん」

「竜王の滝というのはまだかい」

「うん、もうすぐだ。昼だと向こうにもう見えるところなんだが……」

 私たちが顔をあげたとたん、また、ピカッと一瞬の稲妻が下界を照らしたが、そのとき

だった。

「あっ!」

 私たちは釘くぎ付づけにされたように、その場に立ちすくんでしまったのである。

「おい」

 私の手首を握りしめた直記の手は、氷のように冷たかった。歯がガチガチと鳴って、全

身が嵐あらしの中の木の葉のようにふるえているのが、くら闇の中ではっきり感じられ

た。

「君、見たか」

「うん、見た」

 私も恐怖のために、舌が上うわ顎あごにくっつきそうであった。

「蜂屋だね」

「うん、……顔はよく見えなかったけど、……」

「刀をぶらさげていたね」

「うん、もしや八千代さんを……」

 あまりの恐ろしさに、私はあとをつづけていうことが出来なかった。何かしら、心臓に

千せん鈞きんの重みを加えられたような感じだった。

 いまの稲妻の一瞬に、私たちはこの世のものとも思えぬほど恐ろしいものを見たのであ

る。滝のうえの巌がん頭とうに、男がひとり立っていた。そいつは蝙蝠こうもりのよう

に、インバネスの袖そでをはためかせながら、右手に刀をふりまわしていた。全身からは

滝のように雨が流れていた。縁の広い帽子のために、顔はよく見えなかったけれど、見誤

ることの出来ない特徴は、背中に負うた瘤こぶである。

 佝僂なのだ。蜂屋小市なのだ。

 私たちはくらやみの中で、石のように立ちすくんでいたが、その時、闇をつんざいてき

こえてきたのは女の悲鳴……

 八千代さんなのだ。八千代さんが、救いを求めているのだ。

「ど、ど、どうしたのですか。いま、向こうの巌いわのうえに、変な男が立っていたよう

ですが……」

 ぎょっとしてふりかえると、懐中電燈の光のなかに、ほのかに浮きあがったのは金田一

耕助の顔である。

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