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第三章 金田一耕助登場--竜王の滝(4)
日期:2023-12-21 14:06  点击:267

 そのとき、また、女の悲鳴が闇の底からきこえて来た。

「いきましょう。何かあったにちがいない。急ぎましょう」

 金田一耕助は、和服のうえから合羽のようなものをかぶってひた走りに走り出た。

 私も直記も、それでやっと気を取り直して金田一耕助のあとにつづいた。

 稲妻はそれから後もひっきりなしに下界を照らす。しかし、蜂屋小市も八千代さんも、

二度と姿を見せなかった。

 はためく雷、荒れ狂う疾風、ごうごうたる滝のひびき、石も木もふっとびそうな大豪

……何かしら私は、地獄絵巻の一場面を見ているような気持ちだった。間もなく私たち

は滝のうえの巌頭まで辿たどりついた。しかし、そこには誰もいない。蜂屋も八千代さん

も姿を見せなかった。

「八っちゃん、八っちゃん……」

 もうこうなっては、金田一耕助に遠慮しているわけにはいかぬ。直記が大声をあげて叫

んだ。

「八千代さん、八千代さん……」

 私も直記のあとにつづいて叫んだ。

 しかし、答えはなくて、私たちの声はいたずらに荒れ狂う風のなかに揉もみ消された。

「捜してみましょう。手分けしてそこらを捜してみましょう」

 金田一耕助の顔は蒼あお白じろく緊張している。あのにこにこ笑っているときの耕助と

ちがって、そこには何かしら、深い思索のかげが見られた。

「よし、寅さん、君は向こうのほうを捜してみてくれ。おれはこっちへいく」

「では、私はあっちを捜してみましょう」

 金田一耕助がいった。

 直記はしかし、まるでこの男を無視するように、

「しかし、寅さん、気をつけろよ。相手は白はく刃じんをさげているんだから、……くら

やみの中からバッサリやられたらそれきりだぜ」

 直記の声には自らをあざわらうようなひびきがあった。私はしかし、その言葉をききな

がしたまま示された方角へ黙々として足を進めた。

 恐怖もある限界をこえると虚無にひとしいということをそのとき私ははじめて知った。

私は虚脱したようなうつろの魂を抱きながら、ロボットのように機械的な足どりで、滝の

うえの谿けい流りゆうをのぼっていった。

 滝のうえはかなり広い谿流を抱いて、両側から高い山がかさなっている。谿流は今宵の

大豪雨で、ものすごい渦を巻いている。私たちは三方にわかれて間もなく互いの姿を見

失った。

 それからおよそ三十分。私はあてもなく豪雨の中をさまよい歩いていた。何んのために

こんなことをするのか、私は何かしら馬鹿らしいような感じが、心のどこかをかすめて通

るのをどうすることも出来なかった。

 私はもう、生きている八千代さんを見る希望をほとんど持っていなかったのだ。

 日本刀をぶら下げて立っていた蜂屋の姿……それにあの悲鳴……私は血みどろになって

斃たおれている八千代さんの姿を幻想して、何かしらそれが馬鹿らしい道どう化け芝居の

ような気がしてならなかった。

 そして、私のその幻想はあたっていたのである。

 私はふと、私や直記を呼んでいる声を耳にした。それはどうやら金田一耕助であるらし

かった。声の調子からして何かを発見したらしいことがわかった。私は急いで声のするほ

うへおりていき、滝のうえの巌頭で、バッタリ直記にいきあった。

 声は滝たき壷つぼのほうからきこえるのである。私たちは顔を見合わせたが、無言のま

ま嶮けわしい崖がけをおりていった。

 とうとうたる滝の音が耳を圧する。雷はだいぶ遠くなったようだが、それでもまだおり

おりにぶい稲妻が、未練らしく下界をなめていく。

 滝壷までおりていくと、金田一耕助が石のように立ちすくんでいた。ズブ濡ぬれになっ

た着物が、風にハタハタひらめいているのが、全身をもって戦せん慄りつしているように

見えた。いや、事実、金田一耕助は戦慄していたかも知れない。

「ど、どうかしたのですか」

 直記の声はおしつぶしたようにしゃがれている。

 金田一耕助はゆっくり私たちのほうをふりかえった。その顔にはなんの表情もあらわれ

ていなかった。虚無にちかい顔色だった。

 それから金田一耕助は、懐中電燈の光を前方にさしむけた。

 私たちは息をのみ、それからあわててめいめいの懐中電燈の光を、同じ方向にさしむけ

た。

 私たちのいま立っている岩から三間ほど離れて、滝壷の中に突き出している大きな岩の

うえに、叩たたきつけられたように八千代さんの姿が横たわっていた。八千代さんの白い

寝間着姿……しかし、おおなんと、その八千代さんには首がなかった。……

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