佝僂の瘤
八千代さんは首を斬きりおとされていた。犯人は八千代さんの首を持っていった。
その首はとうとう発見されなかった。犯人がその首をどこにかくしたにしろ、この奥深
い山の中で、それを捜し出すことは、海岸の砂の中からダイヤモンドを捜そうとするよう
なものである。それはとうてい不可能な事であった。
それにしても犯人は、一度ならず二度までも、なぜ首を斬りおとしていくのだろう。殺
しただけでは、なぜ満足しないのか。首を斬りおとして持っていくには、それ相当の理由
がなければならぬ。まさか生首の収集家でもあるまい。
首を斬りおとして持っていく。──それには二つの動機が考えられる。
そのひとつは、昔の武士がやったように敵の首級をもってかえり、父君の墓前にそなえ
る場合だ。しかし、この事件の場合、そんな動機は考えられぬ。げんに第一の被害者守も
り衛えさんの首は、後に池の中から発見されたではないか。
第二の動機は、首を斬りおとしておくことによって、被害者の実体をあざむこうとする
場合である。これは探偵小説などで、もっともしばしば扱われるトリックだが、ひょっと
するとこの事件も、第二の動機に相当するのではあるまいか。
そういえば第一の事件の場合、私たちははじめ被害者を蜂屋小市だとばかり信じてい
た。そしてゆくえをくらました守衛さんが犯人ではあるまいかと疑っていたのだ。
のちに守衛さんの首が池の中から発見されたがために、この説はすっかりひっくりか
えったが、あの首が発見されなかったら、私たちはいまでも、殺されたのは蜂屋と信じ守
衛さんを犯人と疑ってきたにちがいない。
だが。……
そうすると、今度の事件はどうなるのだ。今度の事件でも、第一の事件と同じようなト
リックが弄ろうされているのであろうか。即ち殺されたのは八千代さんではなく、誰かほ
かの女だというのだろうか。しかし、ほかの女だとすればいったい誰だろう。八千代さん
の身替わりになるような女、年かっこうから体つきまで似通った女、──この事件で私たち
はいままでに、いちどもそんな女に出会ったことはないではないか。
いやいや、私たちが、いままで出会わなくても、八千代さんの身替わりになるような女
を、犯人が捜し出すのはそうむずかしいことではないかも知れない。いやいやいや私たち
が、知らなければ知らないほど、犯人にとっては好都合かも知れない。この事件に全然関
係ないあかの他人を、身替わりとして持ってくるほうが、トリックを看破される危険が少
ないのだ。
ここまで考えてきて、突然、私はギョッとした。あまりの怖おそろしさにふるえあがっ
た。怖こわくて、怖くてしばらくふるえがとまらなかった。
ああ、私はいったい、何を考えているのだ、あの屍し体たいはたしかに八千代さんの寝
間着を着ていたではないか。しかも、あの寝間着は、私たちが屍体を発見するすこしまえ
まで、たしかに八千代さんが着ていたのだ。と、すれば、八千代さんが自ら寝間着をぬ
ぎ、それを屍体に着せたということになりはしないか。八千代さんも別に殺されてでもい
ない限り。……
八千代さんがべつに殺されているなどとは、とうてい私には信じられぬ。いかに兇悪敏
びん捷しような犯人といえども、あの瞬間に、ふたりの女を殺すことができるとは思えな
いからだ。
ああ、そうすると、八千代さんは犯人、もしくは共犯者ということになるのではない
か。そうだ、八千代さんは共犯者なのだ。
八千代さんがいかに異常な性格の持主とはいえ、まさかあのような残忍兇暴な犯行が演
じられようとは思えない。