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第三章 金田一耕助登場--佝僂の瘤(3)
日期:2023-12-21 14:08  点击:218

 だから今度のように、女が殺されて首がない、しかも、犯人が明確にわからないという

ような怪事件にぶつかって、単純な田舎の人々が蒼あおくなってふるえあがったのも無理

はない。

「中心人物といっても、直記はなにも知っているわけじゃないでしょう」

「それはそうですが、八千代さんをかくしていたというだけでも、十分責任がありますか

らね」

「しかし、ぼくだって、八千代さんがここにいることは知っていましたよ」

「あなたはしかし、昨夜、こっちへ来てはじめて知ったのでしょう。だから、いくらでも

いいぬけの道はある。仙石氏はそういうわけにはいきませんからね」

「それじゃ、だいぶん、しぼられているんですな」

「まあね」

 金田一耕助はにこにこわらった。

 古神家と仙石家にぞくするすべての人間は、いま母おも屋やのほうに集められて、係官

からきびしい取り調べをうけているのである。私ももちろんひととおりの取り調べはうけ

たが、とくにこの家に深い関係があるわけでもなく、また、昨夜こっちへ来たばかりだと

いうので、係官の関心もうすく、ひととおりの身み許もとしらべがおわると、離れで待機

しているようにと命じられたのであった。

「どうです、屋代さん、私はこれからもう一度、竜王の滝へ出向いていって、あのへんを

調べてみようと思うんですが、あなたも御一緒においでになりませんか」

「ぼくも……だって、ぼくは足止めを喰くっているんですから……」

「大丈夫ですよ。私からよくいってありますから。係官も承知しているんですよ。私は

ね、あなたのような助手が欲しいのです」

 私はおどろいて金田一耕助の顔を見直した。金田一耕助はにこにこしながら、

「あっはっは、あなたはまだこの私を、どういう人間だか御存じないようですね。私は

ね、仙石氏……と、いってもお父さんのほうですが、仙石鉄之進の依頼をうけて、この事

件の調査に来たんですよ」

 私はいよいよ驚いて、相手の顔を見直した。

「この事件の調査ですって? するとあなたは……」

「そうですよ。私立探偵──みたいなもんですな、つまり、──いたってヘボではあります

がね。あっはっはっ」

 と、金田一耕助はいかにもうれしそうに、頭のうえの雀すずめの巣を、ガリガリと搔か

きまわした。

 私は呆あきれて、しばらくは口も利きけなかった。この男が私立探偵……? このも

じゃもじゃ頭の風ふう采さいのあがらぬ、貧相な吃どもり男が私立探偵とは! いや、人

はどんな職業を選ぼうとも勝手である。だから、この男が自ら私立探偵を志して、失敗し

ようと、成功しようと、それはこの男の御随意だが、こんな人物に事件を依頼した仙石の

親おや爺じは、すこし頭がどうかしているのではないかと疑われた。

 私は大いに相手にたいして軽けい蔑べつをかんじたが、また同時に、ひとつお手並み拝

見という、好奇心もわいて来た。

「そうですか。いや、そうでしたか。これは失礼しました。ぼくのようなものでも、助手

にしていただければ、こんな光栄なことはありません。なんでもひとつ御用命下さい」

 私がこう下手に出ると、吃り探偵め、すっかり有頂天になって、

「いや、ああ、ア、あなたに、ソ、そうおっしゃっていただくと有難いです。ナ、なんと

いっても、あなたはこの事件の最初からの関係者でいらっしゃる。それでいて、あなたは

局外者である。おまけにあなたは作家……それも探偵小説作家だから、おのずから、余人

とは観察がちがっていると思う。私もこんなよい助手をえられて、アア、有難いです」

 なに、いってやがんだいと内心のおかしさをおさえながら、それでも口だけは鹿しか爪

つめらしく、

「いや、お役に立てるかどうかわかりませんが、せいぜい努力してみることにいたしま

す。それではそろそろ出掛けようじゃありませんか」

 昨夜の大雷雨はなごりなくおさまって、今日は青葉ごろのすがすがしい上天気だった。

くっきりと晴れわたった空のブリューと、もえるような樹々のグリーンが相映じて、鬼首

村の背後の山は、すばらしい景観をつくっている。昨夜と同じみちを辿たどりながら、あ

の大雷雨中に目撃した、さまざまな戦せん慄りつ的光景を思い出しても、私には一場の悪

夢としか考えられなかった。

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