竜王の滝へつくまで、私は金田一耕助とどのような話をしたかをおぼえていない。
さっき、あたまにひらめいた、あの恐ろしい考えのために、私は悪酒に酔うたような気
持ちだった。それに旅行の疲れと、昨夜の経験のために、私はひどく昂こう奮ふんしてい
た。人間は昂奮するとおしゃべりになる。
私はほとんど立てつづけに、ひとりでべらべらしゃべっていた。おそらくそのうちに
は、さっきのあの恐ろしい疑惑もまじっていたことだろう。
金田一耕助はひどく感服して、私の顔を見直した。
「なるほど、それは恐ろしい考えですね。しかし……いや、なるほど、なるほど、いまの
あなたのお説のなかにこそ、この事件を解く真実の鍵かぎがあるのかも知れません。い
や、あなたのような明敏なかたを助手にして、私もこんな幸福なことはありません……」
と、金田一耕助はもったいぶった調子でいった。
竜王の滝の付近には、たくさんのお巡りさんや私服が右往左往していた。そして、押し
よせる野次馬をおっぱらうのに大変だった。
金田一耕助は、あんな大きなことをいっていたが、ひょっとすると、そこらの野次馬同
様、おっぱらわれるのではなかろうかと思っていたが、どうしてどうして、警官たちのか
れに対する態度は、慇いん懃ぎん丁寧を極めていた。これには私も驚くと同時に、この吃
どもり男を見直さずにはいられなかった。
「何か新しい発見がありましたか」
耕助が警部補らしい男をつかまえて訊たずねると、
「はあ、実はさっき妙なものが見付かりましてねえ。ちょっとこちらへ来てください」
警部補が案内したのは、竜王の滝の上かみ手てにある、あの谿けい流りゆうのほうであ
る。警部補は谿流のなかに突き出している岩から岩へとわたりながら、私たちをずんずん
上手へつれていった。
昨夜も私たちは八千代さんを求めて、この谿流のほとりをさまよったのである。しか
し、夜と昼とでは、景色も感じもすっかりちがっていた。私は物珍しげに、あたりの景色
を眺めながら、無言のまま警部補のあとからついていった。
昨夜の雨で、谿流にはおそろしく水みず嵩かさがふえ、岩をかんでとうとうと流れてい
る。谿流をはさんで迫る左右の断だん崖がいには、緑のいろがしたたるばかり、その緑の
奥から、藪やぶ鶯うぐいすのさえずりがしきりだった。
滝から小半丁ほどのぼったところで、警部補はふと足をとめた。
「ほら、これですがね」
警部補の指さすところを見ると、右岸の断崖の根元に、辛かろうじて人ひとり、立って
入れるくらいの洞ほら穴あながある。昨夜も私はこのへんをうろついた筈はずなのだが、
暗かったので気がつかなかった。
「これが……?」
「ひとつ、なかへ入ってみましょう」
警部補はさきに立って洞穴へ入った。金田一耕助のあとから私もつづいた。
なかへ入ってみると案外ひろくて、一間ほど進むと、畳三畳しけるくらいの空洞になっ
ている。警部補は懐中電燈でその洞穴の床を照らしながら、
「ほら、あれを御覧なさい」
懐中電燈の光のさきへ眼をやったとたん、私は思わず息をのんだ。
じめじめと湿った土に、ぐっしょりとしみこんだ黒い汚点……いうまでもなく血ち糊の
りなのだ。