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第四章 もう一人の女--もう一人の女(3)
日期:2023-12-21 14:12  点击:290

 金田一耕助は五本の指で、かるく頭の毛をかきまわしながら、

「そうですよ、八千代さんですよ。八千代さんであってはなぜいけないのです。いや、そ

のことをいい出したのは、むしろあなた御自身じゃありませんか。あの首無し死体は八千

代さんではない。八千代さんのパジャマを着ているけれど、誰かほかの女であろう。八千

代さんは誰かを自分の身替わりに立て、死んだものとなって、警察の追及からのがれよう

としているのだと、そういうことを最初に仄ほのめかしたのはあなた御自身だったじゃあ

りませんか。私はその説に、すっかり感服してるんですよ。なるほど、それ以外に犯人

が、あの惨虐な首くび斬きり作業を行なった理由は考えられませんからねえ。ところで、

それほど計画的な八千代さんなら、ここに架空の犯人をつくっておくために、われわれに

佝僂のすがたを見せておく、それぐらいの知恵はあるだろうじゃありませんか。実際、あ

のとき私たちが稲妻の一閃のなかに見たのは、すがただけでしたからねえ。顔はてんでわ

からなかった。それにあの際、八千代さんのすがたの見えなかったのも妙ですよ。つまり

あのとき八千代さんは、闇やみと稲妻を利用して、たくみに一人二役を演じたのですよ」

「しかし、しかし……」

 私は咽の喉どがヒリヒリと、いがらっぽくひりつくのをおぼえた。何かしら、重っ苦し

い思いが、ズーンと腹の底を圧するかんじだ。

「それじゃ、あの恐ろしい人殺しや、無残絵のような首斬り作業も、八千代さん自身の仕

事だったというんですか」

 金田一耕助は、しばらくそれにこたえなかった。まじまじと私の顔を見つめていたが、

やがてさきに立ってゆっくり歩きはじめた。

「八千代さんというひとを、ぼくはまだよく知りません。しかし、いろんな話を綜そう合

ごうすると、それくらいのこと、やりかねないひとじゃないのですか。それとも……」

 金田一耕助はここで言葉を切ると、それきりだまりこんでしまった。私はしばらくあと

を待ったが、いつまでたっても言葉がないので、たまりかねて、

「それとも……?」

 と、あとをうながしてみた。すると、金田一耕助は私をふりかえり、皓しろい歯を出し

てにっと笑うと、

「いや、まあ、あまり先走りするのはよしましょう。これはもっと、よく研究してみなけ

ればならん問題だから……おや、どうやら足長村へ来たようですよ」

 私たちはいつか峠を越えて、足長村へ踏み込んでいた。みたところ、足長村も鬼首村

と、似たりよったりの村で、ただ、ちがっているのは、古神家に匹ひつ敵てきするよう

な、大きなお屋敷のないことだった。

 村へ入ると金田一耕助は、野良に働いている人をつかまえて、二言三言、何かきいてい

たが、やがてにこにこしながら、

「わかりました。こっちだそうです」

 と、さきに立ってずんずん歩き出した。そしてやってきたのは、丘の中腹にある、ささ

やかな藁わら葺ぶきに、冠かぶ木き門もんのついた家だった。それはふつうの農家にして

は小こ綺ぎ麗れいで、どこか茶人めいたつくりが、隠居所というようなものを連想させ

た。

 私は何気なく冠木門の柱にかかった、小さな木札に眼をやったが、そのとたん、思わず

ギョッと、大きく眼を見張ったのである。

 風雨にうたれて黒ずんだ木札のうえには、まぎれもなく『海勝院』の三文字。

 ああ、そうだったのか。それでは金田一耕助の用事というのも、この尼寺にあったの

か。それにしても、昨夜、こちらへついたばかりだというのに、なんというすばしっこい

男であろう。

 金田一耕助は私の顔をみると、にこにこ笑いながら、

「ちょっとここの尼さんに、ききたいことがありましてね。そのことは、あなたにとって

も、興味のあることだろうと思ったものだから、わざわざついてきていただいたのです

よ。さあ、入ってみましょう」

 さいわい御院主妙照さんは在宅で、田舎いなかのひととて心こころ易やすく、すぐ私た

ちにあってくれた。それはまぎれもなく、きのう直記をたずねてきていた尼である。

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