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第四章 もう一人の女--もう一人の女(4)
日期:2023-12-21 14:12  点击:260

「いや、どうも、突然、お伺いして失礼ですが、実はちょっと御院主様にお訊たずねした

いことがありまして……申しおくれましたが、ぼくは隣村の仙石鉄之進氏のお招きによっ

て参っている金田一耕助というもの。こちらは仙石氏の子息、直記氏親友で屋代寅とら太

たという方。やはり直記氏のお招きで古神家へ遊びに来ていられるかたです」

 金田一耕助が名乗りをあげると、尼はまあというように無邪気に眼をみはって、

「古神様といえば、昨夜とんだことがございましたそうで……」

「そうです、そうです。それについて、御院主様にお訊ねしたいのですが、直記氏がここ

へ預けていかれた女性ですがね、あの方のゆくえはまだわかりませんか」

 私はびっくりして、金田一耕助の顔を見直した。

 直記がこの尼寺へ女を預けていた……? ああ、それはどういう意味なのだ、そして金

田一耕助は、どうしてそれを知っているのだ。私は好奇心で胸がワクワクするおもいで、

ふたりの顔を見くらべていた。

 尼の妙照さんもちょっと驚いたように、金田一耕助の顔を見守っていたが、

「まあ、あなたはどうしてそのことを御存じですの。若わか旦だん那なはこのことを、絶

対に誰にもしゃべってくれるなといっていられたのに……」

「はっはっは、直記君、きまりが悪いもんだから、そんなことをいったんでしょうが、か

くすよりはあらわるる、俗に悪事千里を走るといいますからな。あっはっはっ、あれは直

記君の恋人なんでしょう」

 いかにも人懐っこい金田一耕助の調子に、尼の妙照さんもついつりこまれて、渋いわら

いをうかべながら、

「さあ、どうでしょうか。わたしどもにはよくわかりませんが、それはそれは綺き麗れい

なかた。でも、お気の毒に、お頭つむの御様子がすこし悪くて……」

 私は思わず金田一耕助と顔を見合わせた。気の狂った女……ああ、それじゃそれは、み

どり御殿の洋館の、明かずの窓のなかに押しこめられていた女ではあるまいか。

 金田一耕助はけろりとして、

「そうそう、なんでもそんな話でしたね。ところで、あのひと、何んてたっけ。君代さん

とか、お雪さんとか、いったと思うが……」

「いいえ、それはちがいます。お静さんとおっしゃいました。苗字はなんとおっしゃるの

か存じませんが……」

「ところで御院主さまは、どうしてその人を直記君からあずかることになったのですか。

御院主さまはまえから、直記君を御存じなのですか」

「はあ、あの、先年東京へまいりました節、小金井のお屋敷へ御ご挨あい拶さつにあがっ

て、一週間ほど御厄介になっていたことがあるものですから……それが先月の末でした

か、突然あの方がお見えになって、たくさんの御寄進をくださいましたが、その節、これ

これこういう女があるが、しばらく当院にあずかってはもらえないか、なに、気がふれて

いるといっても、至って物静かなほうで、決して迷惑をかけるようなことはないからと、

こうおっしゃるのでございます。ふつうの方とちがって、そういう御容態では……と、私

も心こころ許もとなく存じましたが、過分の御寄進の手前、いやとも申しかねました。す

るといったん東京へおかえりになって、つれていらしたのがそのかたでございます。ここ

へお見えになったのは、五月の四日のことでしたろうか、夜おそく、人眼をしのん

……」

 わかった、わかった。直記が二度目の帰郷をするとき、私が東京駅まで送るようなそぶ

りを見せるとひどく狼ろう狽ばいしたが、それではそのとき、そういうつれがあったの

か。

「それで、そのひとはどうしたんです。お静さんというひとは……」

「さあ、それが困ったことに、ひと晩ここにいられたきりで、そのつぎの夕方、私が

ちょっと他出しているあいだにどっかへいってしまわれたのです。聞くところによると、

なんでもその晩、それらしい女のひとが、佝僂のような男と、裏山へ入っていくのを見た

ものがあるということで、それで私もおどろいて、昨日もそのことを直記さんに報しらせ

にいったのでございます」

 金田一耕助は、しばらく黙ってかんがえていたが、やがてふところから何やら取り出す

と、

「御院主さま、あなた、これは見覚えはありませんか」

 パッとひらいた掌てのひらに、のっかっているのは、さっき洞どう窟くつで発見したコ

ムパクト。妙照さんはひと眼それを見ると、

「あっ、そ、それはお静さんのコムパクト……」

 それを聞いたとたん、私はなんともいえぬ恐ろしさが、背筋をつらぬいて走るのを感じ

たのだ。

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