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第四章 もう一人の女--お藤の告白(2)
日期:2023-12-21 14:14  点击:249

「コ、コ、コムパクトって、い、いったいどんなコムパクトだ」

 私はコムパクトの形状を説明すると、

「仙石、君なにかそんなコムパクトに憶おぼえがあるのかい」

 直記はあわてて眼をそらした。咽の喉ど仏ぼとけがグリグリおどって、額からツルリと

ひとしずく、汗が頰ほおにながれ落ちた。直記は急いでウイスキー・グラスを口へ持って

いくと、

「知らん、知らん、おれは何も知らん、だいいちおれが知ってる筈はずがないじゃない

か」

 駄々ッ児のようにいって、ぐっとウイスキーをひといきに呷ると、

「ところで、金田一耕助という男は、それについてなんといってるんだ」

「さあ、別に……ああいう連中は妙に自分の考えをかくしたがるものだからね。ぼくには

あの男が、何を考えているのか、さっぱりわからなかった」

 金田一耕助は私に、佝僂の瘤とコムパクトの発見については、ひとに語ってもかまわな

いが、それ以上のことは、当分誰にもしゃべらないようにと、固く口止めしたのである。

 直記は疑わしそうに私の顔をみていたが、何かしらこみあげてくる不安と闘おうとする

かのように、やたらにウイスキーをつぐ手がわなわなふるえて、惜気もなくちゃぶ台のう

えにこぼした。

 平たいらの将まさ門かどではないが、こういう様子をみると、とてもこの男に、大事が

決行できようとは思われぬ。しかし、事実はすべて、この男を指しているのだ。ああ、こ

の謎なぞを、いったいどう解くべきであろうか。

「おい、寅さん」

 直記は咽喉のおくで、痰たんをきるような音をさせた。そして、何かいおうとした。

 だが、そのときである。風のように部屋のなかへとびこんできたかと思うと、いきなり

わっと、畳のうえに泣き伏したものがある。お藤であった。

「若わか旦だん那な様。すみません、すみません。許して下さい。許して下さい」

 お藤は肩をふるわせて泣いている。私たちは啞あ然ぜんとして顔を見合わせた。

「お藤どうしたのだ。許してくれって、いったい、おまえ何をしでかしたのだ」

 直記はいささか、毒気をぬかれたような顔色だった。

「はい、わたし、悪いことをいたしました。いままで噓うそをついていたんです」

 お藤はそこでまた、袂たもとをかんで、泣き出した。何かしら、ひどくヒステリーを起

こしているらしい。

「噓をついていた? どんな噓をついていたというんだ。おい、お藤、泣いていたんじゃ

話はわからん。はっきりいいなさい。どんな噓をついていたんだ」

 極めつけられて、お藤はやっと泣きやんだ。ヒステリーの療法はこれに限るのだ、甘や

かせるといよいよ昂こうじる。一喝喰くらわせるのに限るのである。

「はい、あの……守もり衛えさまがお亡くなりになったときのことですの」

「なに、守衛さんが死んだとき……?」

 私たちは思わず顔を見合わせた。お藤はいったい、何を知っているのだろう。

「お藤さん、さあ、もう泣かないで、話してごらん。あのとき、君はどんな噓をついた

の」

「はい、何もかも申し上げてしまいます。小金井のお屋敷であの恐ろしい人殺しがあった

まえの晩、蜂屋様のお部屋のまえで、わたし、あなたがたに見とがめられたことがござい

ましたねえ」

「うん、うん、あった。ちょうど十二時ごろのことだったな」

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