行业分类
第四章 もう一人の女--恐るべき錯誤(4)
日期:2023-12-21 14:17  点击:274

 金田一耕助はしかし、あいかわらずにこにこして、

「そう、なるほど、あなたのおっしゃるとおり、いままでのところ、蜂屋と守衛さんの殺

された時刻は、まだハッキリと確認されてはおりません。しかし、だいたい、蜂屋はあの

晩の九時まえに殺されたのであろうし、その時刻には守衛さんは、まだ生きていましたか

らね」

「九時まえに殺された……?」

 直記と私は愕がく然ぜんとして顔を見合わせた。直記はそれから、かっとせきこんだ調

子になって、

「な、何をバカなことをいってるんです。あの晩、お藤は十二時ごろ、蜂屋の部屋へいっ

て……」

 と、そこまでいってから、直記は何か思い当たったようにハタとばかり口をつぐんだ。

額の血管がみるみる大きく怒張して来た。

 金田一耕助はにこにことその顔を視み詰つめながら、

「ああ、やっとあなたもそのことに気がおつきでしたね。これで、昨日のお藤さんの告白

がいかに重大な意味を持っているかおわかりになったでしょう。そうです。お藤さんの証

言によって、われわれはあの首なし死体が、蜂屋小市であることを知った。それも重大な

ことです。だが、それと同様に重大な意味を持っているのは、十二時ごろ、お藤さんは蜂

屋の部屋へいったことはいったが、実はなかへ入ったのではなく、ドアのところから引き

返しているのです。したがって、そのとき部屋のなかに蜂屋がいたかどうか、誰にもわ

かっていない。われわれはお藤さんの以前の証言にだまされて、十二時ごろ、蜂屋は部屋

のなかで寝ていたとばかり信じていた。したがって、犯行はそれ以後のことと考えていた

のですが、いまになってみると、そういう考えかたに、なんの根拠もないことがわかるで

しょう」

「しかし……しかし……」

 と、直記は額からジリジリと脂あぶら汗あせをながしながら、

「そうかといって、その時刻に、蜂屋がすでに殺されていたと断言するのは、あまり早計

じゃないか。げんに……あっ、そうだ。われわれの食事がおわったとき、八千代が蜂屋に

食事を持っていってやったのですよ。あれは十時ごろのことだった。蜂屋はそれを食べた

んだ。その証拠に、蜂屋の屍し体たいが解剖されたとき、そのときの食べ物が胃のなかか

ら、検出されたじゃないか。しかも、二時間ほど消化された状態で……だから、東京の警

視庁でも、蜂屋の殺された時刻を、真夜中の十二時前後と断定しているじゃないか、それ

に……」

 直記がせきこんで来るのと反対に、金田一耕助はいよいよ糞くそ落ち着きに落ち着い

て、にこにこ笑いながら、

「それから……?」

 と、反問する。

「それから、八千代のスリッパの裏についた血の問題がある。八千代は夢遊病を起こし

て、真夜中過ぎ、フラフラとあの離れへいった。そのことは離れの血だまりのなかについ

た、スリッパの跡でもわかるんだ。しかも、八千代が夢遊病を起こして、フラフラと歩い

ているところを、私と屋代が部屋のなかから見ていたんだが、それはたしかに一時だっ

た……」

「なるほど、しかし、それがどうしたというんですか」

「君にゃ、これがわからんのか」

 直記はほとんど、怒号するような調子になって、

「九時以前に蜂屋が殺されたものならば、一時ごろまでにゃア、血もだいぶ乾いていたろ

う。あんななまなましいスリッパの跡が、床の血だまりにつく筈はずもないし、また、八

千代のスリッパの裏にも、あれほど鮮かな血がついている筈はない」

「なるほど、よくわかりました」

 金田一耕助は相変わらずにこにこ笑いながら、

「すべてを表面から、ありのままに見れば今あなたのおっしゃったとおりです。しかし、

この事件はそんなに単純なものじゃないのですよ。これは実に陰険に、ネチネチと考えら

れた事件なんです。だから、すべてはもう一度裏返しにして考えてみる必要がある。そこ

で、いまあなたのおっしゃったことを、ここで裏返しにして考えてみましょう。まず、第

一に、解剖された胃の内容物が、二時間ほど消化された状態にあったという点ですがね。

むろん、そこに間違いはないが、その内容物が、十時ごろ、八千代さんの持っていった食

事だと、どうして断定することができるのです」

「だって、そりゃア……あのとき、八千代の持っていってやった食事と同じものだったか

ら……」

「しかし、それと同じ食事を、蜂屋がもっと早い時刻に食べていたら……たとえば五時ご

ろに同じ食事をたべ、七時ごろに殺されたとしたら……あるいはまた、六時ごろに同じ食

事をたべ、八時ごろに殺されたとしたら……? どちらにしても、胃の内容物、二時間ほ

ど消化した状態で発見されますね」

 直記はあっけにとられたように、金田一耕助の顔を見守っていた。あまり突飛な相手の

議論に、さすが横紙破りの直記にも、言葉が出なかったらしいのである。

「それから、八千代さんのスリッパの裏についていた血ですがね。これも真夜中の一時ご

ろに、血だまりのなかを歩いたのではなく、もっと早く歩いたとしたらどうでしょう。か

りに犯行を七時ごろとして、その直後に、誰かが八千代さんのスリッパをはいて、血だま

りのなかを歩いたとしたら……」

「しかし、しかし、……じゃ、八千代が真夜中の一時ごろに夢遊病を起こして、フラフラ

とあの離れへ入っていったのは偶然だったというのか。あれは単なる暗合だったというの

か」

「いいえ、そうではありません。この事件には偶然だの暗合だのということは、殆ほとん

どないといってもいいのです。お藤さんのことは別ですが、その他はすべて、綿密に念入

りに計画された事件なんです。つまり、一時ごろに八千代さんが、夢遊病を起こしたがご

とく見せかけたのは、あれは全然噓うそなんです。八千代さんはその時刻に、スリッパに

血がついたと思わせるために、わざとフラフラ歩いてみせたんです。なんのため

に……? つまり犯行の時刻をゴマ化すためにですね」

 直記の眼玉はいまにも飛び出しそうになった。咽の喉ど仏ぼとけをぐりぐりさせなが

ら、直記は、絞め殺されるような声をあげた。

「それじゃ……それじゃ……八千代は……?」

「そうですよ。共犯者ですよ。そのことは私より早く、屋代さんも感付いていたくらいで

すよ」

 この一言は一座のなかへ、爆弾をなげつけたも同様の効果をもった。お喜多婆アをのぞ

いたほかのひとびとは、みないっせいに息をのみ、それから探るような視線を私のほうに

向けたのである。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/21 13:39
首页 刷新 顶部