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第四章 もう一人の女--血の凍る予想(2)
日期:2023-12-21 14:19  点击:268

 しかし、お柳さまはそれに気もつかず、

「いったい、そのお静というのは何者です。どういう素す姓じようの女なんです」

 と、いよいよかさにかかった口のききかただった。それに対して金田一耕助は悲しげに

首を横にふると、

「さあ、そこまではぼくも存じません。そのことならば、直記さんにお訊たずねになった

ほうがいいでしょう」

「えっ!」

 一座のひとびとはぎょっとしたように、直記のほうをふりかえったが、直記は無言のま

ま、歯をくいしばってうつむいている。額からポタポタと汗が流れおちて、膝ひざにおい

た両の拳こぶしが、痙けい攣れんするようにブルブルふるえていた。

 直記のこたえがなかったので、金田一耕助がまた口をひらいた。

「皆さんは多分、小金井のお屋敷にある離れに、一時、明かずの窓というのがあったのを

御存じでしょう。そして、そのなかに直記さんがひとりの婦人をかくまっていられたこと

も、うすうす知っていられる筈はずです。その御婦人は気がふれていたということです

が、直記さんはその婦人を、海勝院にあずけられたのですよ。そして、その御婦人が犠牲

になって、八千代さんの身替わりになったのです」

「直記!」

 突然、雷のような声が、一同の頭上に落下した。

 鉄之進だった。

 鉄之進の顔は真っ赤に充血し、おそろしく怒張した血管が、みみずのようにヒクヒクと

痙攣した。

「貴様は……貴様……は」

「いいえ、お父さん、知りません。ぼくは、何も知りません」

「何も知らぬといって、いったいその女は何者だ。貴様とどういう関係があるのだ」

 それに対して、直記はなにも答えることができなかった。一度ふうっと顔をあげ、放心

したような眼で、われわれの顔を見渡したが、やがてまたがっくりうなだれると、それき

り何をきかれても、一言もこたえなかった。何かしらひどく考えこんだ様子だった。

 そのとき、また横合いから、鳥のようなキイキイ声をあげたのはお喜多婆アであった。

「それみろ、わたしのいうたとおりじゃ。守衛さんを殺したのは直記と八千代だったの

じゃ。ふたりがぐるになって可哀そうな守衛さんを殺したのじゃ。そして、八千代は身を

かくすために、罪もない気のふれた女を殺して、自分の寝間着を着せておいたのじゃ。直

記がその女をわざわざ東京からつれて来たとしたら、はじめから八千代の身替わりに立て

るつもりだったのじゃ、おお、おお、おお、何んという恐ろしいやつだろう。鬼だ。畜生

だ。これ、お巡りさん、なぜこの男をひっくくらんのじゃ。ひっくくって死刑にしておく

れ。可哀そうな守衛さんの敵かたきをとっておくれ」

「直記!」

 鉄之進がなにかいおうとしたとき、横からそれを制止したのは金田一耕助だった。

「いや、御老人、ちょ、ちょっとお待ち下さい。お喜多さん、あなたもしばらく待って下

さい。ものには順序というものがある。そう先走りされちゃいけません。いや、これはぼ

くがいけなかったのです。あまり早く、八千代さんのことをいい出したもんですから、

あっはっは」

 金田一耕助はうつろな声をあげて笑うと、ガリガリとやけに頭をかきまわした。世のな

かにはちょっとした仕草や言葉が、昂こう奮ふんをしずめる特効薬になることがあるが、

そのときの金田一耕助の、いささか滑こつ稽けいな仕草がそれだった。一同はちょっと毒

気を抜かれたように、金田一耕助の様子を見守っていた。

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