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第三章 華麗なる殺人 三(5)
日期:2023-12-22 16:03  点击:297

「だから、その後も古館家のことといえば、遠くのほうから眼を光らせているんでさあ。

さいわいこっちにこういう別荘があるもんだから、本宅になにかことがあるてえと、しぜ

んこちとらの耳にはいるんですな。非番のときやなんか、手弁当で東京までいって、本宅

のあった品川のあたりを、いろいろ訊きき込みにまわったもんです」

 なるほど、こういうのを真相をつかみそこなった、担当刑事の執念というのだろう。

「金田一先生」

 と、そばから田原警部補が言葉をはさんで、

「わたしが昭和五年の一件に興味をもち、またかなりの知識をもっているのも、みんなこ

のおやじさんの執念の影響なんですよ。このオッサンときたひにゃ、いつかは当時の真相

を、やわか暴あばかでおこうかという、執念の凝りかたまりみたいな男です。老いの一徹

というんですかね」

「老いの一徹はひでえですよ。これでも当時はまだ若かったんですからな」

 と、井川老刑事はまた目玉をくりくりさせると、急にホロにがい表情になり、

「それにしても、こちらの奥さん、いま生きてるひとをこういっちゃなんだが、たしかに

別べつ嬪ぴんではある。また頭脳もすごくよくて、いわゆる才さい媛えんにゃちがいな

い。しかし、その性情たるや風のなかの羽根のごときもんですな。古館辰人のほうから縁

談の申し込みがあると、さっさと牛を馬に乗りかえたってえんですから、当時あんまり評

判はよろしくなかったようで。だから、あのひとこんどで二度目ですせ。牛を馬に乗りか

えたのは……」

 と、いってから気がついたように、

「いや、これは失礼。先生の親友の奥さんを中傷するようなこといっちまって……」

「いや、べつに親友というのではありませんが……」

 と、金田一耕助は考えぶかい眼つきをして、まじまじと相手の顔を見守りながら、

「それにもし、篠崎氏がわたしの親友だとしたら、なおのことそのひとの新しい奥さんの

ことをしっておかなきゃなりませんからね。善きにつけ悪しきにつけ……ですから、そう

いうことご遠慮なく話してください」

「はあ。そういっていただくとあっしもうれしいですね」

「それであなたいま、首ったけという言葉をお使いになりましたが、柳町氏は単に倭文子

さんの縁談の相手だっただけにとどまらず、倭文子さんにほれてたってわけですか」

「そりゃもちろん、あのとおりの別嬪ですからな。ですからあの男がいまだに独身でいる

のは、その当時の失恋の痛手が、いまもって癒いえねえんだろうちゅう話ですぜ」

「ところが、その話は……」

 と、金田一耕助はいそがしく頭脳のなかで知識を整理しながら、

「柳町氏の姉さんの加奈子さんが、辰人氏のお父さんの手にかかって、非業の最期をとげ

てから、だいぶんのちのことになるわけですね」

「そうです、そうです。あの惨事があったときは、辰人氏は旧制高等学校の三年生、善衛

さんは一年生だったそうで。だから、約五年のちの話ですね」

「なるほど、これはちと妙な因いん縁ねんですな」

「ほんとにそうです、金田一先生。第一、あの大惨劇というのも主として、辰人氏に責任

があったということをご存じじゃありませんか」

「はあ、それはさっきちょっと……」

「つまり、辰人という男は、イヤゴーみたいな性格を持ってた人物なんでさあ。生意気な

こというようですがね。言葉たくみに嫉妬に狂ったおやじをけしかけ、ああいう大惨劇に

火をつけた。ところが、それから約五年ののちには、こんどはおなじその口で、言葉たく

みに倭文子さんをたらしこんで、柳町さんから奪ってしまいやあがった。柳町さんにして

は辰人という男にたいして、二重の怨えん恨こんがあるわけですな。ですから、そういう

ふたりをここへ招待するというのは、ちょっと……」

「しかし、ねえ、刑事さん、わたしはなにも篠崎氏のために弁解するんじゃありません

が、あの大惨劇の場合、辰人氏がイヤゴー的役割りをはたしたってこと、篠崎氏はつい

さっきまで全然しらなかったようですよ。それから恋の鞘さや当あてのいきさつ……こっ

ちはどうですかね」

 と、金田一耕助はさっきの慎吾の顔色を脳裡に思いうかべてみたが、しっていたともし

らなかったとも、どっちにでもとれそうな印象だった。

「しかし、どちらにしてもあのふたりを、ここへいっしょに呼ぶというのはおかしいです

ね」

「金田一先生はそれをどう解釈なさいます」

「さあ……」

 と、金田一耕助は言葉をにごして、

「それより、刑事さん、辰人氏というひとについてもう少し聞かせてください。あのひ

と、戦前まではこの名琅荘のお殿様だったわけですが、このへんでの評判はどうだったん

です?」

「総スカンというところでしたな。とにかく、むかしのある種の華族のもっていたいちば

んいやらしい面、つまりばかに特権意識がつよくて、また、極端にそれをふりまわしたひ

とでしたな。それでいていっぽう、金のことになると、これがまた極端にこまかかったら

しい。なにしろ、ああして自分の妻を金で売るような男ですからな。ただし、自分の享楽

のためとあらば、その限りにあらずといったひとだったようで」

「つまりエゴイストなんですね」

「ええ、もう、エゴイストもいいとこで。だから、あのひと、あの後ずうっと独身でとお

してたようだが、おそらくああなったら、もうあの男の女房になるような女はいねえん

じゃねえですか」

 歯に衣きぬ着せぬ老刑事の話を聞きおわると、

「いや、ありがとうございます。それじゃ、主任さん、みなさんがあちらでお待ちでしょ

うから、ひとつ訊きき取りをさせていただこうじゃありませんか」

「ああ、そう、しかし、金田一先生」

 と、田原警部補は真正面から金田一耕助の瞳のなかをのぞきこむようにして、

「先生はひょっとすると、あの仕込み杖のもちぬしをご存じなんじゃありませんか」

「ああ、そのこと……なあに、ありゃ篠崎氏のものですよ。絶対間違いなし」

 と、金田一耕助は、こともなげにいってのけた。

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