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第四章 譲治とタマ子 一(3)
日期:2023-12-25 13:59  点击:278

 しかし、金田一耕助の眼はただ眠そうでショボショボしている。

「それで、どうしたんだね。君が馬車をひいて倉庫へかえってきたとき、そこにだれもい

なかった。そこで……?」

「ああ、そうそう、それで思い出したんですが、ぼくが馬車をひいて帰ってくると、倉庫

の中から出てきたひとがありましたよ」

「だれだね、それは……?」

 田原警部補の声が急に鋭くなった。

「お嬢さんの陽子さんと秘書の奥村さん、それから、あれ、お客さんなんでしょう。ルパ

シカ……と、いうんですか、変てこな上着をきて、ベレー帽をかぶってましたよ。大きな

べっ甲ぶちの眼鏡をかけて……さっきもあの倉庫にいらっしゃいましたよ。金田一先生や

なんかといっしょに……」

 柳町善衛である。

「三人だけかね」

「はあ……」

「三人はそんなところでなにをしてたんだね」

「さあ……なんとなく通りがかりに、倉庫の中をのぞいてみた。……と、そういうこと

じゃないんですか。そんなふうに見えましたよ」

「君はそのうちのだれかと話したかね」

「はあ。お嬢さんがお客さまがいらしたのねとおっしゃいましたから、ええ、いま日本座

敷のほうでくつろいでいらっしゃいますと申し上げたんです。そしたら……」

「そしたら……?」

「いえ、それだけですよ。お嬢さん、ああ、そう、ご苦労様とかおっしゃって、そのまン

まほかのおふたりといっしょに、内塀のなかへ入っていかれたんです」

 この名琅荘には外塀のほかにもうひとつ内塀があって、問題の倉庫は内塀の外にあるこ

とはまえにもいった。

「それで、倉庫のなかへ入っていくと、だれもいなかったというんだね」

「そりゃ、がらくたの陰にだれか隠れていたかもしれません。だけど、ぼく、そんなこと

考えてもみませんでしたよ。はい、ぼくの見たとこじゃだれもおりませんでした」

「それで、君はどうしたんだね」

「ぼく、馬車を倉庫のなかに引っ張りこむと、フジノオー……と、いうのがあの馬の名前

なんです。フジノオーを頸くび木きからはずして厩うま舎やへつれていったんです。厩舎

はあの倉庫からそうとう離れたところにあります」

「そりゃおれも知っている。それから……」

 と、井川老刑事のたたみかけるような質問に、

「それから、フジノオーの汗を拭いてやったりなんかして、一服してから鞍くらをおいて

ひと鞍責めたんです」

「ああ、君は乗馬ができるんだね」

「はあ、こっちへきてから、すっかりあの馬と仲好しになっちゃって。……それに一日に

いちどは運動させてやらないと、厩舎につなぎっ放しじゃ可哀そうですからね。それがぼ

くの仕事でもあるんです」

「君はどのへんまで馬を走らせたんだね」

「あの倉庫のすぐちかくに、裏へ出る出口があります。裏口を出ると右側はいちめんに蜜

柑山、左側は雑木林です。そのあいだを径みちが一本走っていて、途中でふたまたにわか

れています。左へいくとさっき金田一先生を、ご案内してきた径へ出るんですが、ぼく

そっちへいかずに右へとって、身延線の竪たて堀ぼりの途中までいってひきかえしてきま

した。きょうは富士山がきれいに晴れていて、とっても気持ちがよかったんです」

 そんな話をするとき譲治の顔は、さえざえとして、なんの邪念もなさそうだった。

「譲治君」

 そのとき、金田一耕助がボソリとそばから言葉をはさんだ。

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