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第四章 譲治とタマ子 一(6)
日期:2023-12-25 14:01  点击:268

「ああ、それ! ぼくもそれに気がついていたんです。馬車を倉庫へ引き込んだとき、車

輪がなにかを踏んだとみえ、ガリガリと音がしました。見ると、そのパイプが落ちていた

んです。倉庫から馬車をひきだすまえ、そんなものはなかったんですから、あとでだれ

……さっきそこから出ていった三人のひとり、たぶんあのベレー帽のひとが、落として

いったんだろうと思っていました。拾っておいてあげるつもりだったんですが、馬を頸木

からはずしたりなんかしているうちに、忘れちまったんです」

「ときに、譲治君」

 そばから眼をショボつかせながら、声をかけたのは金田一耕助である。

「あの馬車だがね、あれは君が置いていったとおりの場所にあったかね。それともだれか

が動かしたような形跡はなかったかね」

「いいえ、あれはぼくが置いていったときのまンまでした。だれも動かしたような形跡は

ありません」

「それじゃ、もうひとつ聞くが、君はきょうぼくがここへくることをしっていたのかね」

「いいえ、知りませんでした」

「篠崎さんはなんといって君に命令したんだね」

「二時三十五分着の汽車で、お客様がひとりいらっしゃるから、お迎えにいくようにっ

て。だから、そのときぼく、お客様が先生だとはしらなかったんです」

「ああ、そう、では、主任さん、どうぞ」

「ああ、いや、それじゃこれは……」

 田原警部補はテーブルの下から、仕込み杖を取り出すと、

「こういうしろものがあの倉庫のなかに落ちていたのだが、君はこれに気がつかなかった

かね」

 ズラリと抜き身を抜いてみせると、譲治はびっくりしたように体をギクッとうしろへず

らせた。

「そ、そんなものがどこに……?」

「いや、どこでもいいが、金田一先生のお話によると、これは篠崎さんの仕込み杖だとい

うんだが、君、こんなものをまえに見たことはないかね」

「いいえ、知りません。見たこともありません。しかし、まさか社長が……?」

「さあ、なんともいえんな。被害者は篠崎氏の奥さんの、まえの旦那さんだからな。篠崎

さんが握りのところで、があんと一発くらわしたんじゃないかな」

 わざと意地悪そうに、目玉をくりくりさせる狸刑事の術中におちいったのか、譲治は唇

までまっさおになって、額にはいったん引いた汗が、またぐっしょり浮かんできた。

「そ、そんなばかな! うちの社長はそんなひとじゃありません。そんなばかな! そ、

そんなばかな!」

 あどけない美貌が、苦痛にもひとしい憂慮の色にゆがむのを、田原警部補はきびしい眼

で見つめながら、

「まあいい、まあいい。いずれ調べていけばわかることだ。じゃ、君は引きとってよろし

い」

 譲治は無言のまま立ちあがると、おびえたような眼の色で、一同の顔を見まわしていた

が、やがて踵きびすをかえして出ていくとき、バランスを失ったようなその足どりが、一

同にはひどく印象的だった。

「やっこさん、ひどくショックを受けたらしいが、よっぽど社長思いなのかな。それとも

ほかに原因があるのか……」

 古狸の井川老刑事がつぶやいた。

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