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第五章 フルート問答 一(5)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「見憶えがおありのようですね」

「ええ、知ってます」

 陽子はしぼり出すような声で、

「ずうっとせんに父が持っていたものです。そんなみっともないものおよしなさいって、

父にとめたことがございます。しかし、父が……まさか!」

「まさか……と、おっしゃいますと?」

「だって、父は勝利者ではございませんか。恨まれるとしたら、むしろ父のほうではござ

いません?」

「なにかちかごろ、古館さんとのあいだにトラブルでも……」

「存じません。そうそう、古館さまがちかごろ、ゴルフ場の建設を企画していらして、父

が経済的に援助申し上げるとか……そんな話を奥村さんからうかがったように思います

が、お仕事のほうは、あたしあまり興味がないものですから……」

 仕込み杖を突きつけられて以来、陽子の態度はあきらかにちがってきた。心の動揺は覆

うべくもなく、言葉とはべつになにかほかのことを考えているふうでもあり、疲労の色が

急に濃くなってきた。

「じゃ、きょうはこれくらいで。……金田一先生、あなたまだなにか……?」

「はあ、それでは……」

 田原警部補に促されて、金田一耕助はもういちど、椅子のなかで体を起こすと、

「それじゃ、陽子さん、妙なことをおたずねするようですが、お父さん、現在、どのくら

い体重がおありでしょうかねえ」

「まあ!」

「陽子さんはお父さんの体重を、ご存じじゃありませんか」

「はあ、あの……」

 と、陽子は怪け訝げんそうな顔をしながら、

「あのひと身長が五尺七寸ちかくございますの。ですから父のいちばんいい体重は二十貫

だそうで、それ以上太らないようにと、つねづねお医者さまから注意をうけております

の。ところがあのひと、なにもしないで……と、いうことは運動もしないで汗を出さない

でおりますと、すぐ二十二貫三貫と太る体質なんでございますのね。それで最近も二十三

貫ちかくまで体重がふえたもんですから、たいそう母に叱られまして……ところが、父は

父でそういう体質であることが自慢なんですのね。あのひと野人だもんですから……それ

で、つい、母をからかったりしているうちに、お里が出たというんでしょうか、母……あ

あいうお上品な階級にうまれて、育った母などの聞くに耐えないような、つまり、そ

……」

 と、陽子は瞼まぶたをうすく染めながらも、妙なうすわらいをして、

「オゲレツなことを口走ってしまったんですのね。しかも、それが娘のあたしの面前でし

たから、母がほんとうに怒ってしまいまして……ほっほっほ、でも、それ以来、父も気を

つけて、閑があったら道場通いをして、汗を出しているようですから、現在ではせいぜい

二十一貫というところじゃございませんかしら」

「道場通いとおっしゃると……?」

「父は剣道五段でございますから」

「いや、どうもありがとうございました。それではこれくらいで……」

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