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第五章 フルート問答 二(4)
日期:2023-12-25 14:20  点击:292

「さっき、陽子さんに話をお聞きのようでしたから、きょうの昼ちゆう餐さんのもようは

ご存じだろうと思います。わたし、法事の打ち合わせもあらかたおわったので、きょうの

午後五時発の汽車でこちらを立つつもりでした。明後日また出直してくるつもりだったの

です。だから、そのまえにもういちど名琅荘をよく見せてもらうつもりで、一時過ぎ、陽

子さんと奥村君が出ていったすぐあとから食堂を出ました。そして、あちこち見てまわっ

たあと、急に思いついてダリヤの間から抜け穴へもぐりこんだのです」

「それ、何時ごろのことでした?」

「はあ、二時二十分でした。汽車の時間があるものですから、しじゅう時計に気をつけて

いたんです。さて、抜け穴を抜けて時計をみると二時四十分でした。それから……」

「ああ、ちょっと。……あなた、懐中電灯かなにか……?」

「いや、わたしはこれを持っておりますから……」

 と、善衛はライターを出してみせて、

「こちらのご主人もライターをご使用ですから、お昼御飯のあとで燃料をわけてもらった

のです」

「なるほど、なるほど、それで……?」

「さて、あの倉庫の裏側の仁天堂へ出ると、そこから裏門のほうへまわってみました。さ

いわい裏門があいていたので、そこから外へ出て、腕時計とにらみっこをしながら、ぶら

ぶら雑木林のなかをあるいていたんです。おセンチなことをいうようですが、そのときは

ちょっと感慨無量でした。昔は、その雑木林から裏の蜜柑山へかけて、名琅荘に付属して

いたんですからね。さて、そのうちにそろそろ三時になったので、ぶらぶらと裏門のほう

へひきかえしたところで、陽子さんと奥村君に出会ったのです。それからあとのことは、

陽子さんにお聞きになったと思いますが……」

「そのとき、倉庫のなかへ入っていかれたそうですね」

「はあ、名琅荘が盛んなころには、あの倉庫の中はいつも蜜柑の山でしたからね」

「そのとき、パイブを落とされたんですね、あそこへ……」

「だと思います。もちろんそのときは気がつかなかったんですが……」

 この柳町善衛というひとは、おそろしくヘビー・スモーカーとみえる。田原警部補との

この応答のあいだ、つぎからつぎへ紙巻き煙草の火をつけかえて、ひっきりなしに煙を吐

きつづけていた。またたくまにコールテンのズボンは、煙草の灰だらけになってしまっ

た。

「それからこちらへかえって来られて、フルートを吹いていられたそうですね」

「はあ、陽子さんと奥村君にねだられたものですから」

「フルートはいつも御持参ですか」

「あれはわたしの商売道具ですからね。つねに稽けい古こしていなければ、指が動かなく

なります」

「柳町さん」

 と、金田一耕助がそばからニコニコしながら声をかけた。

「たいへん失礼な話なんですけれどね、わたしあなたのフルートを、風呂場のなかで聞か

せていただきましたよ」

「ああ、それは、それは……」

「最初のはたしかドップラーの『ハンガリヤ田園幻想曲』でしたね」

「よくご存じですね」

「二番目に吹奏なすった、あのはげしいメロディーのは……?」

「ああ。あれは『熊くまん蜂ばちは飛ぶ』です」

「ああ、そうそう、リムスキー・コルサコフですね。あれは何分くらいかかります」

「せいぜい一分とちょっとというところじゃありませんか」

「そうでしょうねえ。最後のあれはグルックの『精霊の踊り』じゃなかったですか」

「はっはっは、金田一先生はなかなかの通でいらっしゃいますね」

「いやあ、じつはぼく……」

 と、金田一耕助は例のくせで、テレくさそうに五本の指で、モジャモジャ頭をかきまわ

しながら、

「いつかフルートのことについて、にわか勉強したことがあるもんですから……」

「椿家の事件ですね」

「ご存じでしたか」

「われわれの同族の家に起こった事件ですからね。恐ろしい事件でした」(「悪魔が来た

りて笛を吹く」参照)

「ときに柳町先生、『精霊の踊り』は五、六分の曲だと思いますが、ドップラーの『ハン

ガリヤ田園幻想曲』は何分ぐらいかかります?」

「十一、二分というところでしょうね」

 と、柳町善衛はべっ甲ぶちの眼鏡のおくで、おだやかな眼に微笑をふくんで、

「ですから、『ハンガリヤ田園幻想曲』が十一分。『熊ん蜂は飛ぶ』が一分と少々。最後

の『精霊の踊り』が五分として、しめて十七分と少々。しかし、金田一先生、そのあいだ

には陽子さんや奥村君との雑談がはいりましたから、演奏がおわるまでには、二十五、六

分か、あるいは三十分くらいかかったんじゃないでしょうか」

 さっきから怪訝そうに、金田一耕助と柳町善衛の、フルート問答をきいていた三人は、

ここにいたって思わずふたりの顔を見直した。

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