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第六章 人間文化財 一(1)
日期:2023-12-25 14:22  点击:285

第六章 人間文化財

    一

 柳町善衛のつぎに呼ばれたのは秘書の奥村弘である。奥村は二十七、八というところだ

ろう。身長は五尺六寸くらい、いかにもスポーツマンらしい、均整のとれたよい体格をし

ており、男振りも悪くなかった。自分から名乗りをあげるところを聞くと、一昨年の昭和

二十三年旧制の大学を出て、慎吾がこの名琅荘を手にいれる前後から、秘書をしていると

のことだった。

「で、君もきのうの午前、篠崎さんといっしょにこっちへやってきたんだろうねえ」

 と、まず最初に切り出した田原警部補の質問にたいして、

「はあ、でもぼくは一昨日もこちらへきたんです。奥さんとお嬢さんのお供をして……」

 と、いう奥村の返事に、一同はおもわず顔を見合わせた。田原警部補は膝ひざを乗り出

して、

「一昨日の何時の汽車で……?」

「いいえ、汽車ではなく自動車ですが、こちらへついたのは昼過ぎでしたろうか」

「それから、君はずうっとこちらにいるの」

「いえ、そうではなく、ぼくは奥さんとお嬢さんを、こちらへ送ってくるのが役目ですか

ら、ひと休みして、夕飯を頂戴してからまた自動車で東京へかえり、おなじ自動車できの

うの朝、あらためて社長のお供をして、ここへやってきたわけです」

「すると、君が自動車の運転をするの」

「はあ。運転手はべつにいますけれど、ぼくも運転ができるので、まあ、護衛の意味と、

それに東京との連絡の意味もかねて、奥さんとお嬢さんのお供を仰せつかったんです」

「それで、君は金曜日の何時ごろここを出発したの?」

「五時ごろだったでしょうか。なんしろ十時半までに、社長をあるところまでお迎えにあ

がらなければならなかったので大多忙でした」

「奥村君」

 と、田原警部補はするどく相手をみすえて、

「ちょうどそのじぶん……金曜日の夕方、君がここにいるころ、片腕の男がここへやって

きて消えたって話、聞いてるだろうねえ」

「はあ、ゆうべ聞きました」

「君はそのころここでなにをしてたの?」

「さあ、なにをしてたでしょうか。奥さんに東京へのことづけを伺ったり、お嬢さんから

忘れものをしたから、あしたくるとき持ってきて頂戴って頼まれたり、風呂へも入った

り、ままも食べたり……」

 奥村はべつに茶化すつもりはないのだろうが、根が屈託のない性分にできているとみえ

て、のんきらしいその応答ぶりが面憎いようにも受け取れる。

「君はそのとき、お糸ばあさんには会わなかったかね」

「会いましたよ。奥さんがおみえになったので、ばあさん……じゃなかった、御隠居様の

ほうから挨あい拶さつにきたんです。そのとき、五時にこちらを出発しなきゃならんか

らって、早目に夕食の用意をしてくれるように頼んだのです」

「なるほど。それじゃ、きょうのことを聞かせてもらおう。昼食後のことでいいがね」

「はあ、それはさっき陽子さんからお聞きになったようですが、それじゃ念のためにぼく

からもお話ししましょう」

 と、奥村もそこでひとくさり話をしたが、それはさっき陽子から聞いた話とかわりはな

かった。

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