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第六章 人間文化財 二(3)
日期:2023-12-25 14:25  点击:290

「ああ、そう、いや、ありがとうございました。金田一先生、あなたなにか……?」

「はあ、それじゃ天坊さんにもうひとつおたずねしたいことがあるんですが、あなた一時

半ごろ食堂を出られて、二時半かっきりにかえってこられたとおっしゃいましたが、その

間の一時間をどういうふうにお過ごしでしたか、それを伺いたいんですが……」

 天坊元子爵はジロリと金田一耕助のモジャモジャ頭をみると、

「しかし、なあ、金田一先生、あんたとしちゃその間の、アリバイ調べをしたいんだろう

が、残念ながらハッキリとそれを立証できるかどうか……まさか、こんなことが起こると

はしらなかったもんだからね。わたしはただこの屋敷のなかをぶらぶらと、ほっつきま

わっていただけなんだから……ひょっとすると、奉公人がわたしの姿をみているかもしれ

ん。ただ……」

「ただ……?」

「うん、ほんの三分か五分、倭文子……いや、倭文さんとちょっと話をしたことはしたが

ね」

「奥さんと……?」

 と、一同ははっと眼を見かわせて、

「それ、何時ごろのこと……?」

「さあ、何時ごろだかわからんよ。あちこち、家のなかを見てまわっているうちに庭へ出

たんだね。それで庭の中をほっつき歩いていたら、たまたま倭文さんの部屋のまえへ出た

んだ。君は知ってるかどうかしらんが、ここは迷路荘と異名があるくらいで、庭の植え込

みなども迷路みたいになっている。その迷路の中をあちこち歩いているうちに、ひょっこ

り倭文さんの部屋のまえへ出たんだ。これはわたしの責任じゃない。迷路のせいだよ。そ

のとき倭文さん、ベランダへ椅子をもちだして、フランス刺し繡しゆうかなんかしていた

ので、ちょっと声をかけたんだ」

「それ、三分か五分とおっしゃいましたが、どんな話をなさいました」

「べつにこれといって……ほんの立ち話だったからね。気分が悪いってどんな調子だねと

いうようなことだ。倭文さんのほうではあがれといったけど、あがるほどの用事もないの

でね。立ち話だけでわかれたんだ」

 思えばこのひとと倭文子はかつて、叔お父じ姪めいの間柄だったのだから、ここで会っ

て話をしたとしても、べつに不思議はないわけだが。……

「そのとき、そばに女中やなんかは……?」

「いや、だれもいなかったよ」

「ああ、そう、そのほかにもだれかに……?」

「そうねえ」

 と、天坊氏はちょっと首をかしげていたが、

「そうそう、倭文さんとわかれて引き返してくる途中、また路に迷ってしまったんだね。

そしたら日本座敷のガラス戸の奥に、だれか寝ているのがみえたんだ。障子があけたまま

だったんで見えたんだね。で、倉皇としてそこを逃げだしたんだが、あとで篠崎君にきい

たらそれお糸というばあさんだったらしい」

 お糸が二時から三時まで昼寝をするということは、さっき陽子もいっていたが、それで

は天坊氏が奥庭へ迷いこんだのは、二時を過ぎてからのことにちがいない。

「ああ、なるほど」

 と、金田一耕助はうなずいて、

「それじゃもうひとつ。あなたその一時間のあいだに、あの倉庫のほうへはおいでになり

ませんでしたか」

「いや、いかなかったよ。わたしはおもに建物のなかと庭園を見てまわっていたので、裏

のほうへはまわらなかったんだ。あの倉庫は内塀の外にあるが、わたしは内塀から外へは

出なかったからね」

「あの抜け穴のことはご存じでしたか」

「いや、それだがね、金田一君、わたしも、この建物が抜け穴だらけであるということは

しっておった。しかし、わたしの考えかたをもってすれば、そんなことは児戯に類するこ

とで、ぜんぜん興味はもてなかった。興味がないくらいだから好奇心もなく、抜け穴につ

いてしろうという気はもうとうなかったのでな」

「いや、どうもありがとうございました。主任さん、ほかになにか……?」

「いや、結構です。つぎはだれを……?」

「お糸さんをお願いしたらいかがですか」

「そう、じゃわたしからそう伝えておこう」

 天坊氏は太い髭ひげをつまぐりながら威風堂々と出ていったが、その後ろ姿を見送っ

て、一同はうさんくさそうに顔を見かわした。

「主任さん」

 と、井川老刑事が声をひそめて、

「やっこさん、なにか隠してることがあるんですぜ。あっしの長年のカンにして誤りがな

きゃ、やっこさん、なにか後ろ暗いところを持っていやあがるにちがいねえな」

「しかし、そりゃ骨董の才取りやなんかで、悪どいことをしてるんじゃないかな」

「いえ、そんなもんじゃありませんや。こんどの事件についてなにかしってるんです。そ

れも一時半から二時半までのあいだに、きっとなにかあったんですぜ。金田一先生、あん

たどうお思いになります?」

「はあ、ぼくも井川さんの説に賛成ですね。ただしそれがどの程度にこんどの殺人事件に

結びついているか……」

「そうそう、殺人は三時から四時二十分までのあいだに演じられているんですからね」

 田原警部補がつぶやいたとき、たどたどしい足音が聞こえてきて、そこへ現れたのは、

お糸さんのちんまりとした姿であった。

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