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第七章 能面の女 一(3)
日期:2023-12-26 15:42  点击:283

「そうすると、三時以後におけるあなたのアリバイはないわけですか」

 慎吾はきびしい視線を田原警部補のほうへむけた。ギラギラ光る大きな眼であった。

「そうすると、古館さんが殺害されたのは、三時以降と限定されているんですか」

「いや、まだハッキリしているわけではないんですが、だいたいまあ、その見当じゃない

かということになってるんですが……」

 慎吾はちょっと放心したような眼で、あらぬかたをながめながら、なにか打ち案じてい

るふうだったが、

「ちょっと無理なようですね、わたしのアリバイを証明するのは。わたしはむろんそのあ

いだ、書斎のなかに閉じこもりきりじゃなかった。むしろ書斎のまえの庭の散策に、より

多くの時間を費やしたように思う。しかし、金田一先生」

「はあ……?」

「あなたは聞いておいでにならんかな。この建物を建てた古館種人伯の設計で、この家の

庭の植え込みというのが、まるで迷路みたいになっていて、どこからもひとに見られんよ

うに、たくみに造庭されているということを……」

「はあ、それはたびたび聞いております」

「わたしがいま書斎や居間や寝室にしている一画が、昔種人伯爵が起居していられたとこ

ろだそうで、そのへんの庭はとくに入念に設計されているので、わたしのそぞろ歩きを見

たものは、おそらくだれひとりないと思う」

「そうすると、三時から四時までのアリバイは、おありでないということですね」

 田原警部補はおだやかな口調ながら、単刀直入に突っ込んだ。

「ああ、そういうことになりますな。三時に天坊さんがお引き取りになると、わたしはす

ぐに女中を呼んで、そろそろお客様がおみえになる時分だが、お見えになったらお風呂へ

ご案内するように。四時にお眼にかかるからと、そう申しつけておきました。それからあ

と四時ちょっとまえに、女中がお客様がむこうでお待ちでいらっしゃいますと、いってき

たときまでだれにも会っておらず、したがってその間のアリバイなしということですね」

 田原警部補を真正面から見る慎吾の眼は、あいかわらず表情がなく、その語りくちは

淡々として抑揚もない。

「こういうことをおたずねするのは失礼ですが、奥さんの古館さんにたいする感情はその

後どうだったんです」

「ああ、それね」

 と、慎吾はちょっと放心したような眼つきになり、

「男同士は割り切ってるんだから、おまえも割り切るようにとはいってあるんです。そし

て本人もそのつもりなんですが、やっぱり顔をあわせたりするとね。ことに周囲からなに

かいわれたりすると、やはり心がうずくんじゃないですかな」

 そのあとで古館辰人がかつて、自分の継母と尾形静馬の仲を中傷したということをしっ

ていたかという質問にたいして、慎吾はきょうまで全然しらなかったと答え、また倭文子

と柳町善衛が婚約の間柄であったということも、さっきまでしらなかったと答えたが、さ

すがにそれらの事実にたいして批判がましいことはいわなかった。

 この訊き取りもここまではわりに淡々と運んだのである。だが、最後の瞬間において慎

吾の気持ちを大きく動揺させるようなことがもちあがった。

「それじゃ、篠崎さん、さいごにひとつ、あなたに見ていただきたいものがあるんです

……」

 と、だしぬけに田原警部補にデスクの下から取りだした、あの仕込み杖を鼻のさきへつ

きつけられたとき、慎吾は反射的に椅子から腰をうかし、くゎっと大きく眼を見張った。

しばらくまじまじとその仕込み杖を見つめていたが、やがて大きく呼い吸きをうちへ吸い

こむと、

「そ、それはわたしのものらしいが、そ、それがどこに……?」

「現場のロープの下にあったんですよ。ほら、この握りのところに血痕がついてるでしょ

う。だから、古館さんはこいつで後頭部をぶちわられて、昏こん倒とうしたんじゃないか

ということになってるんですがね」

 慎吾はどしんと音を立てて椅子に腰をおとすと、にわかにふきだしてくる額の汗をぬぐ

いながら、その眼はいまにも飛び出しそうである。どうやら陽子もこの仕込み杖のことは

いっておかなかったらしい。

「金田一先生、それ、ほんとうですか」

「篠崎さん、主任さんのおっしゃることはほんとなんですが、あなたこの仕込み杖をどこ

においていらっしゃいました」

 慎吾は無言のままきびしい、おびえたような眼で仕込み杖をながめていたが、やがてひ

とりごとをいうようにつぶやきはじめた。

「わたしはもう長いあいだ、この仕込み杖を見たことはなかった。これはもと軍刀だった

のだが、戦争直後の物騒な時代に、護身用としてこんなものに作りかえたのだが、その後

ピストルを手に入れたので、こんなものに用はなくなった。そう、この仕込み杖はこの別

荘を手に入れた、昭和二十三年ごろにはまだ持っていた。そして、いつかここへきたとき

忘れてかえって、それきりわたしはこれを手にしなくなったんだ。これはこの家の納なん

戸どの中にあったはずだが……」

「すると、あなたがこういう仕込み杖を持っているということを、お糸さんはご存じです

ね」

「ああ、しっている。それから陽子も……」

「奥さんや奥村君は……?」

「そうそう、奥村君もしっていた。倭文子はどうだか。……あれとつきあいがはじまった

ころ、わたしもちょくちょくこの仕込み杖を持っていた。が、しかし、それが仕込み杖で

あることを、あれがしっていたかどうか……」

「そうすると、古館さんもご存じだったわけですね」

 慎吾ははっとしたように金田一耕助を見て、

「そう、古館さんはしっていた。いちどあのひとのまえで抜いてみせたことがある。もち

ろんあのひとのご希望で……」

 どういうわけかこの仕込み杖の一件から、慎吾は急に士気が阻喪したかんじで、放心の

色がいよいよふかく、言葉つきなどものろのろと、なにか悪い酒にでも酔っているような

顔色だった。その仕込み杖が現場にあり、凶器として使われたということが、かれにとっ

てはなぜかひどいショックだったらしいのである。

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