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第七章 能面の女 二(2)
日期:2023-12-26 15:47  点击:221

「さあ、さあ、どうぞ……」

「では、失礼ながら……奥さん、あなたもこの家にいろいろ、抜け穴やどんでん返しみた

いなものがあることは、お聞きになっていらっしゃるでしょうねえ」

「はあ、それはもちろん」

「それについてあなたは、どのていどの知識をお持ちでしょうか。じっさいにどの部屋か

らどういうふうに、抜け穴が通じているかというふうな知識ですね」

 倭文子はかすかにほほえんで、

「金田一先生、わたしはそのことについて、とやかく申し上げるつもりはございません。

そういう仕掛けたくさんのお家をお造りになったかたには、それそうとうの理由がおあり

だったと伺っております。しかし、あたしは女でございましょう。小さいときからそうい

うことに、好奇心をもつことは卑しいことだというふうに、しつけられてきたんですの」

「じゃ、じっさいにはなにもご存じないわけですね」

「はあ、ぜんぜん。あたしが以前からこの家をきらってましたのも、ひとつはそれがある

からでございました。あたしはあまりロマンチストじゃないんでしょうねえ」

「いや、ありがとうございました。それでは、主任さん、どうぞ……」

「はあ、いや、それでは……奥さんは金曜日の夕方五時ごろに、真野信也と名乗る片腕の

男が、ここへやってきて消えたということを、はじめてお聞きになったのはいつ……?」

「はあ、あれはきのうの朝主人がこちらへまいりますとすぐでした。お糸さんがとつぜん

そんなことをいい出しまして、あたしもたいそう驚きましたが、でも、そのときは、それ

がそんなに重大なことだとは気がつきませんでした」

「しかし、きのうの夜おそく、御主人がそのことでお糸さんに、金田一先生に打電するよ

う命じていられるのを、あなたはそばで聞いていられたそうですが、そのときはどうお思

いでしたか」

「正直に申し上げますと、ハッとするような思いでございました。それではそんなに重大

なことなのだろうかと、改めて自問自答する思いでございました」

「奥さんはそのことをどなたかにお話しになりましたか。金田一先生をお招きするという

ことを」

「いいえ、どなたにも」

「奥さん。あんたはその男を……金曜日の夕方やってきて消えた男を、あんたの先せんの

ご主人……いや、失礼、古館辰人氏だとは思いませんか」

 まあ……と、いうような視線を、倭文子は無言のままこの古狸の刑事にむけた。

 彼女は気がついているはずである。この老刑事が自分にたいして、なみなみならぬ敵意

と、侮ぶ蔑べつの念を抱いているらしいということを。しかし、彼女の顔色はかわらな

かった。能面のように取りすました冷たさを、彼女はうまれながらにして身につけている

らしい。

「それ、どういう意味でございますの。あのかたおとついの晩、こちらへいらしたとおっ

しゃるんでございますか」

「だって奥さんはさっきあの男……いや、失礼、古館さんの死体を見たでしょうが」

「はあ……それがなにか……?」

「これは驚いた。それじゃ奥さんはあの男、いや、被害者が左の腕を上着のしたで、ベル

トで胴へゆわえつけ、片腕男のまねをしていたということに、気がつかなんだとおっしゃ

るんですかい」

 倭文子の顔にはじめて動揺の色が現れた。彼女はハッと金田一耕助のほうへ視線をむけ

ると、

「金田一先生、こちらのおっしゃること、ほんとうでございますか」

「ほんとうです、奥さん。奥さんは気がおつきなさいませんでしたか」

「いいえ、気がつきませんでした。しかし、あのかたがなんでそんなまねを……?」

「それはこっちから聞きたいもんですな。あんたの先のご亭主が、なんで片腕男のまねな

んかしてたかってことを」

 井川老刑事はあいかわらず、挑戦するような調子である。

「金田一先生。それ、だれかがあのかたを殺害してから、そんなふうに擬装しておいたの

じゃございません」

 だが、金田一耕助がこたえるよりも、井川老刑事の嘴くちばしを入れるほうがはやかっ

た。

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