行业分类
第七章 能面の女 二(3)
日期:2023-12-26 15:47  点击:229

「じゃだれがそんなことをしたというんです。犯人はなぜおまえさんのせんの亭主を殺し

ておいて、さてそのあとでご丁寧にも、片腕男に仕立てておいたというんですい。ひとつ

そこのところのご意見を承ろうじゃありませんか」

 おそらく井川老刑事にとっては、二十年来の執念がここに凝った思いだったのであろ

う。捜査の途上さんざん貴族階級のひとたちに愚弄され、翻弄された積年の遺恨が、戦後

のいまになって爆発したというべきか。

 能面のような倭文子のおもてにも、さすがに困惑の色がうかぶのを見て、そばから金田

一耕助が、助け舟を出すように口をはさんだ。

「いえね、奥さん。古館さんが片腕男のまねをしているところを、だれかに殺害されたの

か、殺害されたあとで犯人が、古館さんを片腕男に仕立てたのか、いまのところもうひと

つハッキリしていないんです。しかし、前後の模様からして前者の疑いのほうが濃いんで

す。したがって金曜日の晩ここへやってきて、消えてしまった片腕男も、古館さんじゃな

かったかという疑問を、こちらの刑事さんが持たれたのも、無理はないと思ってあげてく

ださい」

 金田一耕助の説明に、倭文子もやっと納得がいったのか、だれにともなく頭をさげる

と、

「わかりました。金曜日の晩のひとがあのかただったとすると、あたしどもとおなじ時刻

に、この家にいたということになるんですのね。しかし、あたしは存じませんでした。

さっきも申し上げたとおりそのひとのことは、きのうの朝お糸さんに聞くまでは、ぜんぜ

ん存じませんでした。……それに……」

「それに……?」

 と、井川刑事は切り込むような調子である。

「はあ、金曜日の夕方ここへきて消えたひとが、あのかただったかどうか、それ、調べて

ごらんになったらすぐわかるんじゃございません。あのかたも相当世間の広いかたですか

ら、金曜日の夕方、どこでなにをしていらしたか、調べるとわかるんじゃございません

か」

「ああ、それいいですね」

 井川刑事がなにかいおうとするまえに、金田一耕助が口をはさんだ。

「アリバイ調べというやつですね。主任さん、東京のほうへ手を回して、いちおう調べて

おかれたら……」

「はあ、ではさっそくやってみましょう」

「では、主任さん、おあとをどうぞ」

 金田一耕助は井川刑事に、嘴をいれさせぬつもりなのである。じっさいかれはこの老刑

事の、露骨すぎる敵意や反感に、うんざりしているところだった。そんなことは捜査の妨

げにこそなれ、プラスにはならないのである。井川老刑事もそれがわかったのか、それき

り黙り込んでしまった。

「それではきょうのことに話をすすめさせてください。きょうのお昼御飯には、あなた食

堂へお出にならなかったそうですね」

「はあ……ちょっと気分が悪かったものですから」

「そうすると、きょうは古館さんに……?」

「いちどもお眼にかかっておりません。お亡なき骸がらにお眼にかかったのは別として」

「そうすると、こんどこちらへ来られてから、古館さんにお会いになったのは……?」

「ゆうべのお食事のときだけでした」

「なるほど。ゆうべのご会食では、天坊さんや柳町さんにもお会いになったわけですね」

「はあ」

「その後おふたかたには……」

「どなたにもお眼にかかっておりません。いえ、あの、そうそう、天坊さまにはきょうお

昼過ぎ、ちょっとお眼にかかりました」

「そのことですがね。それじゃきょうの午後のことについて、おたずねしたいのですが」

「どうぞ」

「あなたは食堂へお出にならずに、お部屋へ閉じこもられたんですね」

「はあ。そのとき、お部屋のドアに張り紙をしておきました。どなたにもお会いしたくな

かったものですから。そうそう、主人が食堂へ出ようとあたしを誘ってくれたとき、あた

しがお断りしますと、それでは金田一先生が三時ごろお着きになるはずだが、お風呂へで

もはいっていただいて、四時ごろお眼にかかることにしよう、そのときは、おまえもご一

緒するようにといってくれましたので、あたしも承知いたしました。そのあとでタマ子が

食事を運んでくれたので、お部屋でひとりでいただきました」

「それからドアに張り紙をなすったんですね」

「はあ」

「三時ごろご主人が、お部屋のまえまでいかれたそうですが、気がおつきなさいませんで

したか」

「あら、そうですの。あたしいっこうに。……きっとうたたねをしていたんでしょうね」

 井川老刑事の眼が、また猜疑にみちて輝いたのはいうまでもない。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/20 22:30
首页 刷新 顶部