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第七章 能面の女 二(5)
日期:2023-12-26 15:48  点击:244

「それで天坊さんが立ち去られると……?」

「はあ、あたしすっかり気分が悪くなってしまいました。もうなにをするのもいやになっ

て、お部屋へかえってアーム・チェヤーに腰をおろして、いろいろ考えごとをしているう

ちに、ついうとうとしてしまって。……やっぱり疲れていたのでございましょうね。なに

やかやとございますもんですから」

 能面の女として珍しく多弁なのを、金田一耕助は気の毒そうに見守っていた。こういう

種類の女が多弁になるということは、それだけ心理的にまいっているということだろう。

「それで……?」

「はあ、それから金田一先生がいらしたについて、対面の間へくるようにと、主人がタマ

子を使いによこすまで、そこにいたのでございますの。それからあとのことは、金田一先

生もよくご存じでいらっしゃいます」

「では最後にもうひとこと。あなた古館さんのああいうご最期についてなにかご意見

……」

 倭文子の顔にはあきらかに、苦痛の色があらわれた。しかし、それが激情となって爆発

しなかったのは、それがこの女の天性なのか、それとも極度の疲労から、いまや虚脱状態

に一歩踏みこんでいるせいであろうか。

 彼女の声にはなんの抑揚もなく、まるでなにかを暗誦するかのように、

「あれは恐ろしいことです。奇妙なことですわね。しかし、あたしにはなにもわかりませ

ん。あたしに申し上げられることは、ただそれだけでございます」

「ああ、そう、それじゃもうひとつ、これがほんとの最後ですから……」

 と、田原警部補はデスクの下から仕込み杖を取り出すと、いきなり相手のまえにつきつ

けて、

「これに見憶えがおありでしょうねえ」

 倭文子の眼が急に大きく見開かれて、

「それは主人の……いえ、あの、せんに主人が持っていたものに似ておりますが、それど

こにございましたのでしょうか」

「現場から発見されたんですよ。古館さんは最初鉛のつまったこの握りで後頭部を強打さ

れ、昏倒してるところをロープで絞められたんですね」

「しかし、まさか……しかし、まさか……主人がそんなこと……」

「いいえ、ご主人がおやりになったといってるんではないんですよ。ご主人はこれをここ

の納戸の中に、置き忘れたままだったとおっしゃってますが、あなたそれをご存じでした

か」

「いいえ、存じません」

 倭文子は恐怖の眼を大きく見張って、

「あたしが主人と付き合いをはじめた時分、それを……いえ、それに似たようなものを

持っていました。あたしあまり野蛮ですからおよしなさいとたびたび忠告したんです。で

すからあたしと結婚した時分には、もうそんなもの持ってはおりませんでした。しかし、

主人がそれをどう始末したのか、主人もいわず、あたしも聞きませんでした」

「奥さんはこれを仕込み杖とはご存じでしたかい」

 田原警部補の手から仕込み杖をひったくるようにした井川老刑事が、ズラリとそれを抜

いてみせ、

「抜けば玉散る氷の刃とご存じでしたかい」

 倭文子はそれに対してしっていたとも、いなかったとも答えなかったが、はげしい戦慄

が彼女を襲い、そしてこの能面の女をくるんで、なにかしら黒い霧のようなものが一面に

立てこめたかと思われた。……

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