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第八章 抜け穴の冒険 二(2)
日期:2023-12-26 15:54  点击:292

「それだったら、黙っていたほうがよさそうなもんです。いちいち井川さんの物真似をし

て、自分の存在をしらせてよこす必要はないと思いますね」

「よし、それじゃ金田一先生のお言葉にしたがって、そろりそろりと急ごうじゃないか」

 暗闇はどんな場合でもひとを臆病にする。おまけに、いつ崩壊するともしれぬトンネル

のなか、かててくわえて得え体たいのしれぬ人物が、このトンネルのなかに潜んでいて、

さっきから二度までこちらへ挑戦してきているのだ。そいつがなにをねらっているのかわ

からないだけに、気味が悪いのもむりはない。

 田原警部補の指示にしたがって、一同はそろりそろりと急ぎはじめた。小山刑事は懐中

電灯の光が、敵の目標になるのではないかとおそれたが、さりとて明かりなしには一歩も

歩けないのである。壁も壁だが、床の腐朽崩壊はもっといちじるしかった。天井より間断

なく落下する、漏水の点滴によって床の煉瓦に大きな穴があいているかと思うと、あちこ

ちに水たまりができ、水たまりのなかを鼠ねずみが泳いで走ったりした。

 そのたびに、先頭をいく小山刑事は肝を冷やしたが、さりとて悲鳴をあげたり、とびあ

がったりするわけにはいかなかった。震動によっていつなんどき、天井や壁が崩壊するか

もしれないからである。鼠はいたるところに出没した。

 まったくそれはそろりそろりの行進である。空気はいよいよ重っくるしく澱んで、漏水

はますますはげしく、ところによっては、煉瓦の壁から滝のように水の滴りおちている個

所があり、水たまりは踵かかとにまでおよんだ。田原警部補がふと立ちどまって、

「金田一先生、いま十一時三十七分です。してみると十分歩いた勘定になります」

「ああ、そう、じゃ、約半分来たわけですね」

「そういうことになりますが、さっきのくせものはどうしたのでしょうねえ」

「いや、ぼくもいまそれを考えていたところですが、井川さん、小山さん。なにかひとの

気配はありませんか」

 一同は立ちどまって、かなたにひろがる闇にむかって耳をすましたが、聞こえるものと

いっては漏水の滴りおちる音と、煉瓦の壁からサラサラとこぼれ落ちるぬれた砂の音ばか

り。ときどき水をはねるような音がするのは、鼠が跳ちよう梁りようするのだろう。ひと

の気配はさらになかった。

「どうです、主任さん。また怒鳴ってみましょうか」

「いいでしょう。ひとつやってもらおうじゃありませんか」

 金田一耕助が即座に賛成すると、

「いいだろう、おやじ、やってみろ」

「ようし」

 井川老刑事は臍せい下か丹たん田でんに力をこめ、大きく息を吸い込むと、やがてひと

声蛮声を張りあげた。

「おうい、だれかいるかあ!」

 かたわらの壁から、二、三枚の煉瓦がくずれ落ちたが、さいわい崩壊はすぐやんだ。

 一同が耳をすましていると、まもなく谺がかえってきた。

「おうい、だれかいるかあ!……」

「おうい、だれかいるかあ!……」

「おうい、だれかいるかあ!……」

 最後の谺が語尾をふるわせて消えていくとき、緊張が一同を支配する。固かた唾ずをの

む思いで待っていると、はたして陰々たる声が返ってきた。

「おうい、だれかいるかあ!……」

 しばらくして、

「おうい、だれかいるかあ!……」

「おうい、だれかいるかあ!……」

「畜生ッ」

「やっぱり待ち伏せしてるんですね」

 小山刑事が声をふるわせるのもむりはない。

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