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第八章 抜け穴の冒険 二(4)
日期:2023-12-26 15:55  点击:310

「おやじ、おやじ、ど、どうしたんだ」

 田原警部補の呼びかけに応じて、一間ほどむこうの地底から、かすかな呻うめき声がき

こえてきた。用心ぶかくちかづいていくと、トンネルの道幅一杯に、一間ほどの陥没がで

きていて、井川老刑事はその陥没のなかへ転落しているのである。

 穴の深さは四、五尺だし、おまけに底に水がたまっているので、転落のショックそのも

のはたいしたことはなかったらしいが、その震動で崩壊してきた瓦が礫れきの堆たい積せ

きのなかになかば埋没し、後頭部を強く打たれて、一時的脳のう震しん盪とうを起こした

らしい。

「おやじ、大丈夫か」

「で、で、大でえ丈じよう夫ぶ。ひでえめに合わせやアがった。こんなところに陥おとし

穽あなを作りやがって。……」

 まさかあの男がこの陥穽を作ったわけではあるまい。ここにこういう陥穽があることを

知っていて、そこへこの気のみじかい老刑事を、たくみに誘い込んだのであろう。

 しかし、それはなんのためであろうか。単なる悪戯に過ぎないのだろうか。片腕の男、

あるいは片腕の男らしき人物は、なにを目的としてこの地底のトンネルの闇のなかを、彷

ほう徨こうしているのであろうか。

 金田一耕助は懐中電灯をふりかざして、この陥没の前後左右を調べてみた。一間にわた

るこの陥没のむこう岸は、こちらよりやや高くなっていて、そこからこちらへ渡してあっ

たらしい、幅三尺ほどの歩み板が外されて、むこう岸から陥没のなかへ斜に落下してい

る。

 さっきの男がしゃがみこんでいたのは、この歩み板の端に手をかけていたにちがいな

い。井川刑事が遮二無二突進してきたとたん、相手はこの歩み板を引いたのだろう。

 井川老刑事が下から手伝って、歩み板が正常の位置に復すると、

「主任さん、ぼくちょっといってみます。さっきの男のあとを追っかけてみます」

「ふむ、よし、頼む。気をつけていけよ」

「なあに、大丈夫です。腕力なら自信があります」

 先輩のこの災難にわかい小山刑事は俄然奮い立ったらしい。小山刑事が歩み板をわたっ

て、むこう岸の闇に姿を消したあとで、やっと井川老刑事がはいあがってきた。

「畜生ッ、ひでえめに遭わしゃアがった。こんなところでくたばってごらんなせえ。鼠の

餌え食じきになって髑髏しやれこうべだけになってしまいますぜ」

 金田一耕助は大げさなことをいうとおもったが、老刑事のあがってきたあとの穴のなか

をのぞいてみると、黒く濁った水たまりのなかを、鼠が十匹以上もチョロチョロしてい

る。崩れ落ちた瓦礫の下から尻っ尾が一本のぞいているのは、圧死したやつがあるのだろ

う。金田一耕助はあらためてゾーッとした。

 さいわい井川刑事のけがはたいしたことはなかった。後頭部にちょっと大きな瘤こぶが

できているだけで、全身数か所のかすり傷など、若いときから鍛えぬいたこの老刑事に

とって、ものの数ではなかったらしい。ただ下半身ぬれ鼠になっているのが、いかにも気

持ち悪そうで気の毒だった。

「主任さん、小山のやつはどうしました」

「さっきの男のあとを追っかけて、ひと足さきにいったよ」

「大丈夫かな」

「大丈夫でしょう。こっちに危害をくわえるつもりはなさそうですからね。井川さん、あ

いつあなたになにかいいましたか」

「いいえ、べつに。あっしがここへ転がり落ちたとき、あいつはうえからあっしの顔を見

てましたがね。べつになんにもいいませんでしたよ。そのすぐあと、あっしゃフーッと気

が遠くなっちまったんで」

「顔を見たかね」

「ええ、だけどあの黒眼鏡にばかでかいマスクでしょう、鳥打ち帽をまぶかにかぶってい

たし、まあ、見なかったもおんなじですね。畜生ッ、懐中電灯がいかれちまやアがった」

 井川刑事の身づくろいができるのを待って、一同は歩み板を渡って出発した。こんどは

田原警部補がさきに立ち、井川刑事をなかにはさんで、金田一耕助がまたしんがりを勤め

た。

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