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第八章 抜け穴の冒険 二(6)
日期:2023-12-26 15:55  点击:219

「ほら、これ!」

 小山刑事がかたわらのボタンを押すと、仁王をのっけた半円型の床が、背後の羽目板ご

と回転をはじめて、やがてそこにもうひとつの仁王が現れてきた。床は百八十度回転する

と、そこでぴったり静止したが、そこに口を閉じた仁王が眼をいからせている。しかし、

こちらの床には足跡はなかった。

「なあるほど」

 と、田原警部補も感心して、

「金田一先生、それじゃさっきの口を開いたやつが金剛像で、この口を閉じたやつが力士

像というんですか。わたしゃまた金剛力士とはひとつのことかと思ってましたよ」

「なんでも口を開いたやつが阿あ形で、閉じたのを呍うん形というんだそうです」

 金田一耕助がしったかぶりを披露すると、

「なるほど、それで阿呍の呼吸というんですな。それじゃわれわれも阿呍の呼吸で、ここ

を脱出しようじゃありませんか」

「おやじさん、ちょっと待ってください」

 小山刑事が引きとめると、

「こっちのほうの床には足跡がないでしょう。だから……」

 と、ボタンを押して回り舞台を半回転させると、

「さっきのくせものがここへ逃げてきたとき、この口を開けたやつがこっちをむいてたわ

けです。やっこさん、こうして舞台へあがると、……」

 と、足跡を消さないように舞台へあがり、

「このボタンを押したんでしょうな」

 と、壁のボタンを押すと、舞台は金剛像と小山刑事をのせたまま、いくらかきしみなが

らも百八十度回転して、若い刑事の姿はトンネルのむこうへ消えていった。

「さあ、みなさん、順繰りに出てください。ただしその足跡は消さないでくださいよ」

 田原警部補、井川刑事の順で抜け出すと、金田一耕助のまえにはまた金剛像がまわって

きた。金田一耕助がくせものののこした足跡を、消さぬように注意しながら、壁のボタン

を押すと、まもなくかれは回り舞台にのってトンネルの外へ脱出した。

 そこは四畳半ばかりの祠のなかになっていて、正面の古朽ちてなかばこわれた狐きつね

格ごう子しのあいだから、月の光がさしこんでいる。

 この狐格子と木像とのあいだには、腰の高さほどの半円型の柵がめぐらせてあり、昔は

この柵によって床の亀き裂れつをカモフラージしてあったらしいのだが、いまはその柵も

なかばこわれてそのむこうに、田原警部補たち三人がたたずんでいた。

 金田一耕助はあらためて、懐中電灯の光で仁王像を調べながら、

「主任さん、初代の種人閣下はこの像を、どっかから持ってきたんでしょうねえ。これそ

うとう古い作ですよ。ときに、小山さん。こっちがわからこの回り舞台を、回転させる仕

掛けがありますか」

「それがどうしても見つからないんです。ぼくもさっきさんざん捜してみたんです

……」

「金田一先生、そんなもんありっこありませんや。そんなもんがあっちゃ、外部からの侵

入者に、いつなんどき、襲われるかもしれねえじゃありませんか」

「しかし、井川さん、それじゃさっきのくせものは、どこからトンネルへ潜りこんできた

んでしょう。ダリヤの間にははやくから、見張りがついていたんでしょう」

「金田一先生。それじゃ、やっぱりあの地下道にはほかにも入り口があるとおっしゃるん

ですか」

「だけど、先生、それじゃさっきのくせものは、なぜそっちから逃げ出さなかったんで

す」

「それはねえ、井川さん。その入り口はあの鼠の陥穽より、むこうがわにあるんですよ、

きっと。だからあいつは引きかえすわけにはいかなかった。……」

 だが、その瞬間、金田一耕助は悲鳴をあげてとびのいた。蜘蛛の巣をまともに顔にひっ

かぶったからである。

「あっと、失礼しました。いま注意しようと思ってたところですが、先生の名論卓説に耳

を傾けていたもんですからね」

 田原警部補は笑いをかみころしている。井川、小山の両刑事もにやにや笑っているが、

みんな蜘蛛の巣をひっかぶったらしく、鼻の頭をくろくしている。

「ひでえなあ。覚えてらっしゃい」

 金田一耕助はハンカチで鼻の頭をこすりながら、

「しかし、これでわかりました。陽子さんが蜘蛛の巣を、ひっかぶったといった言葉

……」

「ああ、みんなここでやられたんですね」

 祠のなかは埃っぽく、そこらじゅういちめんに蜘蛛の巣が張っている。この小さな生き

物の生のいとなみはたくましく、破られても破られても、巣を張ることを忘れないのだろ

う。

 狐格子の外へ出て振りかえると、祠の軒に一枚の額がかかっており、仁天堂という文字

が消えかかっていた。

 狐格子の外側や、仁王像の背後の羽目板には、古びた草鞋わらじが十足ぐらいかけてあ

り、千社札がベタベタはってあるのは、あくまでここが抜け穴の出口であることを、カモ

フラージするための苦肉の策と思われる。

 外にはいちめんに霧がおりていて、霧のなかにそそり立つ雑木林の梢のうえに、半弦の

月が錆さび朱しゆ色いろにかがやいている。樅もみの木の植え込みのむこうに問題の倉庫

が見えており、この仁天堂と倉庫の中間に裏へ出る門がしまっていた。

 時計を見ると十一時五十五分、抜け穴へ潜り込んだのが二十分だったから、三十五分か

かったわけである。陽子たちが約二十分かかったというのも真実だったろうと思われる。

 それにしても……と、金田一耕助はおもわず身ぶるいをした。

 権力というものの恐ろしさをまざまざと見せつけられた感じである。権力の座にしがみ

つき、それを保持していきながら、なおかつおのれの生命を守ろうとするその妄もう執し

ゆうが、ああいう大げさな抜け穴を造らせるのである。

 権力とはなんであろうと、金田一耕助は改めて考えてみずにはいられなかった。

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