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第九章 現場不在証明 一(2)
日期:2023-12-26 15:58  点击:260

 倭文子が眠りについたのは十一時十分だったかもしれない。それから慎吾は大急ぎで自

分のフラットへとって返し、黒いトックリ・セーターに黒い洋服、黒いハンチングに黒眼

鏡、黒い大きなマスクをかけて、左腕をセーターに縛りつけ、片腕男になりすまし、われ

われよりひと足さきに、あの抜け穴へ潜り込んだのかもしれない。そうだ、そういえば

さっき金田一耕助も指摘したではないか。あの怪人が潜り込んだ入り口は、鼠の陥おとし

穽あなよりむこうだろうと。それは慎吾の居間という意味ではないか。……

「ところで篠崎さん、タマ子君がお入側で待っていたというのは……? なにか特別の用

事でもあったのですか」

 金田一耕助がそばからたずねた。

「そうそう、あの子なにかわたしに重大な話があるということだったが……」

「重大な話とおっしゃると……?」

「いや、わたしは聞かなかった。なんとなく気分的に疲れていたんだね。話があるならお

糸さんにいっとくようにといっておいたが……しかし、あの子が正確な時間を憶えていよ

うとは思えませんからなあ」

 慎吾は乾いたような声をあげて笑った。

「でも、念のためにあとでタマ子君にきいてみましょう。ついでに重大な話というのも

ね」

「じゃ、そうしてください」

 慎吾はベッドにはいっていたとみえ、パジャマのうえにガウンを羽織っているが、まだ

眠っていたのでない証拠に、眼が赤く充血していて、宵の訊きき取りのときよりみると、

またいちだんと憔しよう悴すいの色が濃くなっている。これほどの男でもこんどの事件

は、よほど大きなショックだったらしく、言葉の調子にも熱がなく、このアリバイ調べの

意味をきこうとさえしなかった。抜け穴の中で片腕の怪人を発見したのだと、田原警部補

が説明しても、ただびくりと眉をふるわせただけで、別に意見を吐こうともしなかった。

すべてにおいて物憂そうで投げやりにみえた。

 篠崎慎吾についで呼び出されたのは柳町善衛だが、一同はそのようすを見るとおもわず

眼を見張らずにはいられなかった。この男はあきらかにいままで外を歩いていたのであ

る。ルパシカのうえに引っかけたジャンパーも、コールテンのズボンもじっとりと夜露に

ぬれている。靴の爪先には赤い泥さえついている。

「柳町さん、あなたご外出ですか」

 疑わしそうな田原警部補の質問を、善衛はべつに気にもとめぬふうで、

「はあ、ちょっとね。散歩してきました」

「しかし、柳町さん、散歩というには夜が更けすぎている。霧もふかい。それに見れば靴

に泥がついてるようだが、あんたいったいどこをほっつき歩いていたんです」

 井川刑事の鋭い詰問にもかかわらず、善衛は椅子にのけぞってながながと両の脚を投げ

だすと、

「ちょっと洞窟探検としゃれこんだんですよ」

「柳町さん、それじゃさっきあのトンネルの中にいた……」

「いや、ちょっと主任さん、待ってください。柳町さん、あなたの探検なすった洞窟とい

うのは……?」

「もちろんいまから二十年まえ、尾形静馬という人物がとび込んだきり、ゆくえをくらま

したというあの鬼の岩屋ですね」

 あっ……と、いうように一同は顔見合わせた。金田一耕助は身を乗りだして、

「柳町さん、じゃあの洞窟はいまでもあるんですか」

「ありますよ。こちらにいる刑事さんなんかよくご存じのはずです。いえねえ、金田一先

生」

 善衛はあいかわらずタバコを指からはなさず、

「これはわたしの悪い癖で、機き嫌げん買かいというのか、サービス精神旺おう盛せいと

いうのか、こんどの事件の捜査にも、及ばずながらお役にたって、みなさんに喜んでいた

だきたいという、そういう気持ちだったんですね」

「それはどうだか。……しかし、まあまあ、ようがす。それでどうしたというんですい」

「いや、刑事さんに疑われても仕方がないが、それであなたがたがダリヤの間から、抜け

穴へ潜り込まれたと聞いたものだから、わたしはわたしで、あの鬼の岩屋へ潜り込んでみ

たんです。それというのが……」

「それというのが……?」

「はあ、わたしはまえからあのトンネルと洞窟と、どこかで結びついているんじゃないか

という疑いをもってるもんですからね」

「そりゃまたどういうわけで……?」

「金田一先生はきょうはじめて、あの地下道を抜けられたわけですが、たぶんもう気づい

ていられると思うんです。あのトンネル、全部が全部人工的に掘られたものではなく、ま

えからあった天然の洞窟がそうとうの部分、たくみに利用されているということに。

……」

「いや、わたしゃ不敏ながらきょうのところ、まだそこまでは気づきませんでした。ただ

人工的に造ったものとしちゃ、ずいぶん大げさなことをやったものだと、思ったことは

思ったんですが……」

「じゃ、もっと入念に調査してごらんになるんですね。そうしたらわたしの申し上げたこ

とが、妄もう想そうでもなんでもないことに気づかれるでしょう。そういうわけでわたし

はまえから、ふたつの洞窟の結びつきを考えていたもんですから、ちょっとさっき鬼の岩

屋のほうへ潜り込んでみたんです」

「それでなにか発見なさいましたか」

「明かりがこれじゃアねえ」

 と、善衛はライターをカチッと鳴らせて苦笑しながら、

「それに、わたしのちょっとした探検で発見されるくらいなら、とっくの昔に発見されて

いるでしょう。昭和五年の事件のとき、刑事さんたちはずいぶんあそこを入念に、調査な

すったんでしょうからね。ただ……」

「ただ……?」

「はあ」

 と、そこで善衛はいままで長々と伸ばしていた両脚を引っ込めると、椅子のなかで急に

居住まいを直して、

「さっきどなたかトンネルのなかで、大声でわめいていらっしゃりゃしませんでしたか」

 一同はギョッとしたように善衛のおもてを凝視する。善衛もさすがに緊張して、そうで

なくともそぎおとしたような頰ほおが、いっそうきびしい線をつくっていた。

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