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第九章 現場不在証明 一(3)
日期:2023-12-26 15:59  点击:242

 田原警部補がなにかいおうとするのを、井川老刑事がさえぎって、

「柳町さん、それなんとわめいていたんです。あんたそれを聞いたのなら……」

「いや、言葉の意味まではわかりませんでした。ただわんわんと、遠くかすかにひびくよ

うな声で……わたしも空耳かと疑ったくらいですから」

「あんたそんなこといって、その声を、トンネルの中で聞いたんじゃねえんですかい?」

「お疑いならためしてごらんになるんですね。わたしが空耳じゃないかと疑った地点へ、

いつでもご案内いたしますから」

「柳町さん、あなたその声をどのへんでお聞きになったんですか」

「問題の井戸……冥めい途どの井戸とか、地獄の井戸とかいわれている底なしの井戸のち

かくですよ。わたしゃ井戸の底からきこえるんじゃないかと、急いでそばへ駆けよったく

らいですからね」

「ああ、あの井戸はいまでもあるんですか」

「金田一先生、あの井戸はとても埋めきれるものではありません。ずいぶん深い井戸です

から。井戸というよりクレバス、大地の裂け目ですね」

「そうすると、あなたのお聞きになった声というのは、地底から聞こえてきたというわけ

ですね」

 田原警部補がそばから口をはさんだ。

「そういうことです。ただし、すぐ足の下からではなかったようです。遠く、はるか

に……つまりこの建物の方角からですね」

「なるほど。そうするとあなたの潜り込んだ洞窟と、われわれがいま探検してきたトンネ

ルとは、二段式になっているというわけですか」

「と、わたしも考えましたね」

「いや、ありがとうございました。ときに、柳町さん、あなた洞窟を出られたところで、

だれかの姿を見かけませんでしたか。たとえばあの祠ほこらから、出て来たのじゃないか

と思われるような人物を……」

「いや、ところが主任さん、あの仁天堂は内うち塀べいの外にあるでしょう。問題の洞窟

の入り口は内塀のなかにあるんです。わたしこんやはいちども、内塀から外へは出ません

でした」

 柳町善衛はそこで椅子から立ち上がったが、ちょっと躊ちゆう躇ちよの色をみせたのち

に、

「金田一先生、これはわたしの妄想かもしれませんけれど……」

「はあ、どういうことでしょうか」

「今夜あなたがたが探検されたあのトンネルですがね、あれは外見よりはるかに、複雑多

岐にわたっているんじゃないかと思われるんですが……」

「なにか根拠でもおありですか」

「いやね、姉……つまり昭和五年この家で、不慮の最期をとげた姉の言葉を思い出したか

らです。あの災難にあうまえ、姉はいちどこんなことをいったことがあるんです。自分に

はこの家が気味が悪くてしかたがない。いつどこにいても、だれかに監視されているよう

な気がしてならないと。……そのじぶん、姉は一種のノイローゼ気味でしたから、わたし

もたいして気にもとめなかったのですが、いまにして思えば……」

「いまにして思えば……?」

「いや、あとは想像におまかせしましょう」

 柳町善衛はかるく一同に会え釈しやくして出ていった。さっき会った片腕の男に似てい

るといえば、この男がいちばん似ているように思えるのだが。……

 つぎは天坊さんが呼びにやられたが、呼びにいったお糸さんは手をつかねてかえってき

た。

「天坊さんはいくらお呼びしてもご返事がございません」

「おやすみになっていらっしゃるのかね」

「いえ、起きていらっしゃることは、起きていらっしゃるようです。シャワーを使ってい

らっしゃるようですから。そのシャワーの音で、いくらドアをたたいても聞こえないらし

いんでございますよ」

 時計を見ると十二時半である。いまごろシャワーを使うとは……と、金田一耕助はふと

不安をかんじたが、井川老刑事はこともなげに、

「主任さん、あのじいさんはいいじゃありませんか。さっきの片腕の男がだれにしろ、あ

のビリケンさんでないことだけはたしかですからな。あっはっは」

 老刑事のこの一言で、天坊邦武はオミットされることになって、最後に呼び出されたの

は奥村秘書である。

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