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第九章 現場不在証明 一(4)
日期:2023-12-26 15:59  点击:288

 奥村弘はあきらかに寝入りばなをたたき起こされたとみえ、眼をショボショボさせなが

ら、パジャマのうえにズボンをはき、背広の上着をひっかけて、妙ちきりんなかっこうを

している。

 この男にもアリバイはなかった。

 かれの供述によると、十時過ぎ社長に呼ばれてその部屋へいった。社長はちょうど第一

回目の訊き取りをおわって、自分の部屋へかえったばかりのところだったらしい。社長の

用件はかんたんなもので、明朝東京のさる方面へ二、三電話をかけておくようにとのこと

だったが、それはみんなビジネス上の用件で今度の事件に関係はない。自分はその大要を

速記して、事業上のことについていろいろ命令を聞いているところへ奥さんが訊き取りを

おえてかえって来られた。しばらくお相手をしていたが、奥さんなにか社長に御用がおあ

りらしいので、遠慮してこちらへかえってきたのが十時四十分ごろのことであった。自分

はそれから隣の娯楽室で玉を突いていたが、それからまもなくあなたがたが二階へあがっ

ていく姿が見えた。いよいよこれから抜け穴の探検がはじまるのだなと思いながら玉を突

いていたが、ひとりではつまらないので部屋へさがってバスを使い、ベッドへ潜りこんだ

のが十一時十分ごろのことであった云うん々ぬん。したがってかんじんの時間にはアリバ

イがないわけである。

 こうして天坊さんはべつとして、取り調べをうけた三人のうち、柳町善衛にだけはアリ

バイらしきものがあったが、それもかれのいっていることが、真実であると立証されるま

では確実とはいえない。

 だが、ほんとうをいうとアリバイなどどうでもよいのである。あの片腕の男がだれであ

るにせよ、あの時刻にあの場所で、いったいなにをしていたのか、問題はそれであると金

田一耕助は考えるのだが、そこへ小山刑事がほかの刑事とふたりで、スーツ・ケースをぶ

ら下げて入ってきた。相棒の江藤刑事は、ハンガーにぶらさがったかなり贅ぜい沢たくな

ラクダのオーヴァと、紺のダブルの三つぞろい、ほかにワイシャツやネクタイなどを両手

にさげている。

「主任さん、被害者の荷物というのは、結局、このスーツ・ケースひとつらしいんですが

ね」

「開けてみたかい」

 井川老刑事がそばからたずねた。

「へえ、そりゃ開けてみましたよ。ほら、被害者が身につけていた背広のポケットから、

さっきこの鍵が出てきたでしょ。これ、スーツ・ケースの鍵なんですね。それで開けてみ

たんですが、中はほらこのとおり……」

 小山刑事が開いてみせると、中から出てきたのはパジャマにガウンに化粧道具。紺のダ

ブルの上着のポケットには、三千円ほど入った紙入れのほかに名刺入れ、腕時計に部屋の

鍵。すぐにお糸さんが呼び寄せられて、それらの衣類が見せられたが、お糸さんは言下に

いった。

「ええ、ええ、古館さんはそのお洋服にそのオーヴァをお召しになって、きのう……いい

え、もうおとといになりますわなあ、おとといこちらへおみえになったのでございます

よ。ええ、もう間違いございません。そのスーツ・ケースをぶら下げて。なんでしたら旦

那さまにでも奥さまにでも、お聞きになってくださいまし。げんにきのうのお昼、みなさ

んとお食事なさるときも、その紺のダブルをお召しになっていらっしゃったんですよ」

 一同は思わず顔を見合わせた。

 そうすると古館辰人が一昨日こちらへやってきたとき、このスーツ・ケースにはなにが

入っていたのであろうか。パジャマとガウンと化粧道具だけだったのか。ひょっとすると

馬車の上に死体となって発見されたとき着ていた、黒い洋服や鼠色のトックリ・セーター

が入っていたのではないか。

「井川さん、この名琅荘の周辺にときどき出没するという片腕の怪人は、いつもどういう

服装みなりをしているんですか。ひょっとすると黒い洋服に、こういうトックリ・セー

ターを着ているんじゃないんですか」

 金田一耕助の質問に、

「そうです、そうです、そういえば……」

 井川刑事は途中で言葉を切ると、気味悪そうにほかの一同と顔見合わせた。

 この地方在住のひとびとの説を総合すると、黒い洋服と黒っぽいトックリ・セーター

は、伝説化された片腕の怪人のユニフォームみたいなものらしい。古館辰人もそれをしっ

ていたにちがいない。しかも、かれがそのユニフォームに酷似した衣類を、スーツ・ケー

スのなかに秘めて、この名琅荘へやってきたとしたら、

「やっこさん、いったいなにを企たくらんでいやあがったんだろう」

 と、井川老刑事が気味悪そうにつぶやくのもむりはない。

 金田一耕助は思い出したように、お糸さんにタマ子のことを聞いてみたが、

「それが先生、おかしいんですよ。さっき奥さまが日本座敷のほうでお寝やすみになると

おっしゃるでしょう。それでタマ子を差し向けたんですが、それっきり姿が見えないんで

ございますよ」

「それっきり姿が見えないとおっしゃると……?」

「いいえ、また譲治とよろしくやってるんでございましょうよ。あの子ときたら譲治にも

う夢中なんでございますけんなあ。ほっほっほ、無理もございませんわね。どちらも戦災

孤児でございましょう。相寄る魂とでもいうんでしょうか、すっかり仲好しになってしま

いましてねえ」

 お糸さんが味な言葉を吐きながら、こともなげに笑ったので、金田一耕助もつい釣り込

まれて彼女のことを閑却してしまったのが、のちにいたって大きく臍ほぞをかむ原因に

なったのである。

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