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第十章 浴槽の貴族 一(2)
日期:2023-12-26 16:07  点击:280

「天坊さんが……天坊さんが……」

「小山さん、あなたはこのままいってください。ぼくはここで下ります」

 汽車はまさに発車しようとしている。箱の中は鮨すし詰づめの満員なのだ。しかも、こ

ういうときの金田一耕助の服装たるや、まことにふつごうにできている。袂のついた着物

や袴などというシロモノは、当節の旅行者の着用すべきものではない。悪戦苦闘のすえ金

田一耕助がやっと芋を洗うような混雑の中から、外部への脱出に成功したとき列車はすで

に動き出していた。

 金田一耕助は列車の進行方向に沿って走りながら、手帳のなかにはさんであった名刺を

一枚取り出して、窓越しに小山刑事ににぎらせた。風間俊六の名刺である。

「その男に会ってみてください。こんどの事件について意見をきいてみてください」

 それだけいうのがやっとだった。つぎの瞬間、列車はプラットフォームから出外れて、

しだいにスピードを増していた。

「いったい、どうしたんだ。天坊さんがどうかしたのか」

 あちこちにできた綻ほころびを気にしながら、金田一耕助が改札口へかえっていくと、

奥村秘書と譲治が並んで立っていた。

「ぼく……ぼくにはまだよくわからないんです。ただおやじさんがひどく興奮してい

て……ぼくおやじさんがあんなに興奮してるの見たことねえな」

「篠崎さんが興奮しててどうしたというんだ」

「とにかく金田一先生を呼びもどして来いというんです。天坊さんが大変だからって、ぼ

くただそれだけしか聞いてないんです」

「それで、君、あの馬を走らせてきたのかい」

「ええ、おやじさんがそうしろというもんだから。アメリカの西部劇みたい。あっはっ

は」

 この際、あっはっはだけは余計だが、さすがに譲治もテレたのであろう。そうでなくと

も名琅荘に殺人事件があったということは、この辺いったいに知れわたっているはずだ

し、新聞記者などもぞくぞくと押し寄せているところで、あたりは一杯のひとだかりであ

る。

「金田一先生、御案内しましょう」

「よろしくお願いします」

「じゃ、先生は自動車で急いでください。ぼくは馬であとからゆっくりかえります。あま

り走らせると馬が可哀そうですから」

 昨夜のけんまくはどこへやら、譲治はあどけない顔でにこにこしている。

 それから十分ののち、金田一耕助を乗せた自動車が、名琅荘の正面玄関に横着けになる

と、詰めかけていた新聞記者が、バラバラとそばへ寄ってきた。それらの記者の相当数

は、東京から駆けつけてきていて、なかには金田一耕助の顔を知っているものもあり、

「金田一先生、あなたもこの事件に関係していらっしゃるんですか」

「先生、古館元伯爵が殺害されたそうですが、例の三角関係のもつれからですか」

「この名琅荘にはいろいろ曰いわく因いん縁ねんがあるそうですが、なにかそういうこと

がこんどの事件にも尾をひいてるんですか」

 執しつ拗ように食い下がってくる記者連中を適当にあしらいながら、逃げるように正面

階段を駆けのぼり、玄関のロビーへはいっていくと出会い頭にぶつかったのは、忙しそう

に奥から出てきた江藤刑事だ。

「金田一先生、現場はヒヤシンスの間です。すぐいってください。ここの主人の要請で、

現場はそのままにしてあります」

 江藤刑事はそれだけいうと、足早に玄関から外へとび出していった。

 この名琅荘は富士山を背景にしてV字型に建っており、下方の頂点が正面玄関になって

いる。そして、玄関から右翼の建物が日本家屋になっていて、そのほうは平家建てになっ

ているが、左翼の西洋建築は二階建てになっている。ヒヤシンスの間というのは、左翼の

建物の二階の突き当たりで、ダリヤの間の隣であることを金田一耕助も知っている。

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