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第十章 浴槽の貴族 二(3)
日期:2023-12-26 16:09  点击:278

 廊下へ出ると慎吾はドアに鍵をかけ、お糸さんとともに階段をおり、正面玄関の横にあ

るフロントへはいっていった。

 時刻はまさに九時である。

「警察の連中はまだいるんだろうね」

「はい、田原さんという主任のかたと、井川さんという刑事さんが。……おまわりさんも

二、三人いるようでございますよ。おしらせしましょうか」

「いや、ちょっと待て。譲治をここへ呼んでください」

「あの子がなにか……?」

「なんでもいいから呼ぶんだ」

 お糸さんはちらと慎吾の顔を見たがすぐ裏へ走った。まもなくお糸さんに連れられてき

た譲治は、すでに制服に身をかためていた。

「譲治、ここからフジノオーを走らせると、富士駅まで何分かかるかね」

 譲治はちょっと面くらったようだが、主人の気性をよくしっているので、余計なことは

いわなかった。

「は、二十分あればいけると思います」

「十五分でいくんだ。九時十五分発の列車に金田一先生がお乗りになる。なにがなんでも

それまでに駆けつけて先生を呼びもどしてくる。いいな、わかったな」

「はっ、承知しました。しかし、用件は?」

「天坊さんが大変だといえ。それだけで十分だ」

 譲治はギョッとしたように、慎吾の顔を見直したが、直立不動の姿勢のまま、

「承知しました。譲治はこれからフジノオーを走らせて、富士駅まで駆けつけ、金田一先

生をお連れしてまいります」

 くるりと踵きびすをかえすと、小鹿のようなしなやかなからだが、赤いつむじ風となっ

て走り去った。

 慎吾はフロントのなかを、行きつもどりつしていたが、ふと立ち止まってお糸さんのほ

うを振り返ると、

「お糸さん、倭文子は起きているだろうね」

「はい、さっきお食事もおすみになりました」

「ここへ呼んでください」

「はあ。でも、警察のほうはどうしましょう」

「それより倭文子のほうがさきだ」

 強くいってから、

「警察はそのあとにしましょう。金田一先生がいらっしゃるまで、あんまりいじくりまわ

されたくありません」

 お糸さんはふっと怪しく心が乱れた。金田一耕助という男、小柄で貧相でモジャモジャ

頭で、おまけに多少どもりでもある。いっこう風ふう采さいのあがらぬ男だが、あれで篠

崎慎吾ほどの人物に、これほど信頼される価値があるのだろうか。しかし、お糸さんは無

言のまま頭をさげて出ていった。

 多少てまどらせたのち、倭文子がお糸さんをあとに従えてやってきた。

「お早うございます。昨夜はわがままを申し上げまして……いま御挨拶にうかがおうと

思っていたところでございました」

 慎吾はまぶしそうに二、三度眼をパチパチさせた。とくに入念に化粧しているわけでも

ないのだが、けさの倭文子はひときわ美しいと思わざるをえなかった。

「倭文子、ちょっとわたしといっしょに来てくれたまえ」

「はあ……どちらへ……?」

 怪け訝げんそうに首をかしげるとき、この女ひとはひどくあどけなくみえることがあ

る。

「なんでもいいから、わたしといっしょに来てもらいたいんだ」

 みずからさきに立って部屋を出ると、そこでお糸さんを振り返り腕時計を見ながら、

「いまから十分たったら警察の連中にあのことを報告してください。そしてあんたもいっ

しょに来る。わかりましたね」

「承知しました。旦那様」

「では、倭文子……」

 きびしい夫の気迫に圧倒されたのか、倭文子は無言のまま慎吾のあとについていった。

慎吾は正面玄関から二階へあがり、まっすぐにヒヤシンスの間へいき、鍵をまわしてドア

を開いて、倭文子のほうを振り返った。

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