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第十一章 密室の鍵 二(1)
日期:2023-12-28 13:50  点击:307

 フロントへ呼び出されたお糸さんはすっかりまいっていた。さすがひとをひと臭いとも

思わぬお糸さんだが、こんどの事件ばかりはおのれの責任のように恐縮しているのであ

る。

「ゆうべ十二時過ぎでしたわなあ。みなさんの申しつけで天坊さんをお呼びにまいりまし

たとき、シャワーの音が聞こえていて、天坊さんのご返事がないと申し上げましたで

しょ。あのとき変だと思わなきゃいけなかったんですわなあ」

「お糸さん、それはあなただけの過失ではない。われわれも変に思わなきゃいけなかった

んです。時刻が時刻でしたからねえ」

 金田一耕助になぐさめられても、

「でも、あなたがたはあのかたがまえにお風呂へお入りになったことご存じなかったんで

すけんな。あたしはちゃんと知っておりましたのになあ」

「ところで、その……天坊さんは何時ごろ風呂に入ったんだね」

 井川刑事は咽の喉どに魚の骨でもひっかかったような声である。あのとき抜け穴の怪人

がビリケンさんであるはずがないから、あのひとは呼び出す必要なしと主張したのはこの

老刑事である。さすがに忸じく怩じたるものがあるらしい。

「それはかようで。あなたがたが抜け穴へお入りなさったのは十一時……」

「二十分でした」

 金田一耕助がいと明快に答えた。

「さようで。あのとき金田一先生のご注意で、あなたがたが抜け穴へお入りになると、あ

たしはすぐお隣のヒヤシンスの間へ、天坊さんのお見舞いにまいりましたんです」

「ああ、ちょっと」

 と、金田一耕助がさえぎって、

「そのときあなた抜け穴の入り口や、ダリヤの間のドアはどうなさいました」

「それはそのままにしておきました。だってあなたがたがいつなんどき、引き返して来ら

れないものでもないと思ったもんですけんなあ。あら、まあ!」

 と、お糸さんは頓とん狂きような声をあげて、

「それじゃあの抜け穴もダリヤの間も、まだ開けっ放しになってるんでございますわな

あ」

 金田一耕助と田原警部補、井川刑事の三人はおもわずドキリと顔見合わせた。

 ダリヤの間のすぐ下は篠崎慎吾の部屋である。ダリヤの間の抜け穴の入り口が開けっ放

しになっていたとすると、慎吾は抜け穴をとおってダリヤの間へいけたわけである。い

や、いや、あの抜け穴の煉瓦の扉は、抜け穴の側からも開く仕掛けになっているのだか

ら、慎吾はいつでも好きなときに、ダリヤの間へいけるわけである。そして、ダリヤの間

のドアに鍵がかかっていなかったとすると、そこから隣のヒヤシンスの間へもいけたわけ

である、だれの眼にもふれないで。

 お糸さんにもすぐ三人の疑惑がピンと来たらしく、いくらかあわてて早口になり、

「ところが天坊さんたらすっかり神経質におなりなさって、あたしが隣の間へまいります

と、中から鍵をかけていなさって、あたしが何度も何度も声をかけ、あたしだということ

をハッキリ確かめてから、やっとドアを開いてくださいましたのよ。そのとき天坊さん暖

炉の中を調べておいでなさったとみえ、鼻の頭に煤すすがついておりましたぞな。おっ

ほっほ」

 お糸さんは巾着のような口をすぼめて笑ったが、すぐきまじめな顔になり、

「あらま、あたしとしたことが、笑いごとではございませんわなあ。ほんまにまあ、どう

したことでござんしょうなあ。古館さんはともかくとして天坊さんまでがなあ、まさ

か……」

 お糸さんは詠嘆詞たくさんである。

 年と齢しをとっていくらか妖よう怪かい味みさえおびているこの女性は、天坊さんの死

について驚いていることはたしかだが、それが哀あい悼とうの情からきているのか、ある

いは内心快かい哉さいを叫んでいるのではないか、そらっとぼけたお糸さんの顔色から、

真意を捕ほ捉そくすることはむつかしい。

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