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第十一章 密室の鍵 二(5)
日期:2023-12-28 13:52  点击:225

「それじゃ、あなたは……あなたがたは……主人があの子をなんとかしたとおっしゃるん

ですの。主人はあの子からなにも聞かなかったといっているが、じっさいはなにか聞いて

いて、それで……それで……このままにしてはおけないというので、あの子をなんとかし

たとおっしゃるんですの」

 それは恐るべき示し唆さだった。聞きようによっては捜査当局にむかって、妻が夫を誣

ぶ告こくしているようにも受け取れた。

 井川老刑事が憤然とした面持ちで、

「それじゃ奥さんはタマ子の身になにか間違いがあった場合、その責任は旦那さんにある

とおっしゃるんですかい」

「と、とんでもない!」

 と倭文子は精一杯の声を振り絞って、

「あなたがたがそうおっしゃるんです。なるほどあのひとはどうせもとはヤミ屋のボスで

す、いろいろ悪どいこともしてきたでしょう。いまもやってるかもしれません。しかし、

タマ子のようなたかがしれた戦災孤児に、秘密を握られるようなヘマをやるひとじゃあり

ません。あたしはあのひとを信じます。はい、信じておりますとも」

 聞きようによっては、どっちにでも取れる言葉をあとに残して、倭文子は蹌そう踉ろう

たるあしどりで部屋を出ていった。呆あつ気けにとられている、一同をあとに残して。

 ただ彼女の申し立てでここにひとつハッキリしたことがある。

 天坊さんというひとは若いときそうとうひどい肺結核を患ったことがあるそうである。

当時はまだマイシンなどという調法な薬がなかった時代で、新鮮な空気と栄養と安静に

よって克服するよりほかに療養の途みちはなかった。天坊さんは信州の高原療養所に三年

閉じこもって、規則正しい生活と非常に強い意志をもって、その病気を克服したというの

が御自慢のタネであったということである。そこではなにもかもが時間によって縛られて

いた。いや天坊さん自身がきびしい日課を作成し、ばんじその日課によって行動すること

を自分に課した。それ以来天坊さんは入浴時以外、腕時計をぜったいに手放さないという

習慣が身についていたそうである。就寝時ですら天坊さんは腕時計を左の手首にはめたま

まだったという。

 この事実から割り出すと、ゆうべの天坊さんの行動はこういうことになるのではない

か。

 お糸さんが立ち去るとまもなく天坊さんはバスをつかった。バスから上がってからだを

拭くと、長年の習慣でまずいちばんに腕時計をとって、左腕にはめた。それから鏡にむ

かって髭をそり、そのあとで洗面台で顔を洗おうとした。腕時計がじゃまになるので、肘

のほうへたくしあげた。たまたまその肘のところへタオルをひっかけていた。天坊さんは

顔を洗おうとして、洗面台のほうにむかって身をかがめた。その背後から忍びよった犯人

にとっては、それは絶好のチャンスであった。犯人は天坊さんの後頭部に手をかけて、無

理無体にその顔を洗面台の中に押し込んだのであろう。

 侏儒のような天坊さんはもとより非力であった。おそらく満身の力をふりしぼって、犯

人の暴力に抵抗したことだろうが、ついにそれをはね返すことはできなかった。深い大き

な洗面台にたたえられた水は、天坊さんを溺死させるに十分であった。

 天坊さんはおそらくそのとき左手を、洗面台の底につっぱったのだろう。天坊さんの腕

は短かった。水中深くつっこまれた腕時計は、その瞬間とまったか、あるいは数秒数分の

のちに動きを停止したことだろう。天坊さんは時間について神経質だったという。した

がってその時計はつねに正確な時刻を示していたにちがいない。天坊さんの時計は十一時

四十五分のところで停止している。するとこの世にも残忍な殺人行為が行使されたのは、

ゆうべの十一時四十分前後ということになり、その時分金田一耕助たちは抜け穴のなかに

いたとはいえ、この名琅荘の内外には、まだ相当数の刑事や警官が張り込んでいたはずで

ある。

 それは犯人にとって非常に危険な行動といわねばならぬ。しかも、犯人があえてその危

険を冒したということは、よくよくデスペレートな心境に追い込まれていたのではない

か。

 さて、犯人は天坊さんを死にいたらしめたのち、その死体をバス・タンクのなかにつけ

ていったのだが、そのとき犯人はあの時計に気がつかなかったのであろうか。まさか……

気がつきながらなおかつ気がつかないふうをして、あのまま放置していったのだとする

と、不自然にとまったあの時刻は犯人にとって問題にならなかったか、それとも他に考え

るところがあって、そのままにしていったのではないか。犯人がシャワーを出しっ放しに

しておいたのは、もちろん事件の発見をできるだけ遅らせようという意図だったのだろ

う。ゆうべ十二時過ぎお糸さんが天坊さんを迎えにいったとき、犯人の意図はまんまと成

功している。

 金田一耕助はそこにこの事件の犯人の、なみなみならぬ狡こう知ちのようなものが感じ

られて、ゾーッとおそわれたように身ぶるいをせざるをえなかった。

 さて、さいごに柳町善衛が呼び出されたが、かれはきのうの夕食のとき天坊さんに会っ

たのが最後であると断言した。また天坊さんのような毒にも薬にもならないような人物

が、生命をねらわれるとはふしぎであると首をかしげた。また天坊さんはそうとう生活に

窮していられるということを耳にしている。そういうひとが生命を賭してまで守らねばな

らぬほど、貴重なものを所持していたとは思えないと、このことに関しても首をかしげ

た。

 タマ子にいたってはぜんぜん記憶にもないと、柳町善衛は怪け訝げんそうであった。そ

れに天坊さんの奇禍にあったのが、腕時計の示す時刻だったとして、かつまた柳町善衛の

鬼の岩屋探検が事実だとすると、かれはりっぱにアリバイを持っており、タマ子について

もおなじことがいえるのではないか。

 こうしてその日の午前中はタマ子の行方捜索についやされたが、ついにうるところな

く、かくてその日の午後はいよいよ鬼の岩屋と抜け穴の大げさな探検が行われることに

なった。それ以外にタマ子の居所が考えられないということになったからである。

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