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第十二章 鬼の岩屋 二(1)
日期:2023-12-28 13:57  点击:262

 いままでだって天井はそう低くはなかったのである。ただ累々たる岩また岩のうえを歩

かなければならないものだから、どうかすると身をかがめなければならなかったのだけれ

ど、いま六人の男がたずさえた、懐中電灯の光で照らし出されたそこは、豁かつ然ぜんと

して視界がひらけて、さながら雪渓のような路が、十間くらいむこうまで、多少の曲折を

みせながら、ゆるやかな傾斜をもってつづいている。

 雪渓の幅は五、六間というところだろうか。うえをあおぐと天井は、雪渓をおもわせる

路から二、三丈の高さとなって、固い岩の亀裂をみせながら、懐中電灯の光のとどかぬか

なたまでつづいている。雪渓はかならずしも平坦とばかりはいえなかった。あちこちに巨

岩がにょきにょきと顔を出している。しかし、その巨岩と巨岩のあいだを埋めつくしてい

るものは、まさに川砂をおもわせるような粒子の細かな砂利である。懐中電灯の光のなか

でそれが白くかがやいて、雪渓を連想させるのもむりはないと思われる。いままでくぐっ

てきた通路が通路だけに、一同の眼にはそれがどこかの大広場のようにもみえ、おもわず

感嘆の声を放たずにはいられなかった。

 柳町善衛はそこを夢の雪渓と名づけたというが、あの危険な蟻の門渡りをくぐってきた

あとでは、それは文字どおり夢のような光景である。

「金田一先生、急ぎましょう。井川のおやじとの約束もありますから」

 しばらくして、田原警部補が夢からさめたような声を出した。興奮と興奮を抑制しよう

とする努力で、その声はひどくしわがれて低かった。

 金田一耕助もやっと正気にもどって、

「そうだ、われわれは神の摂理に感心ばかりしていられない。柳町さん、これ、どう降り

るんですか。ここから飛びおりるんですか」

 しかし、金田一耕助はそのとき、かならずしも神の摂理に感心ばかりしていたわけでは

ない。かれはひそかに譲治の顔色をよんでいたのだ。そしてかれはハッキリと確信をもつ

ことができるのである。譲治にとってはこの驚くべき神の摂理も、けっして未知の世界で

はないにちがいないということを。

「ああ、そう、じゃこう来てください」

 いま一同の立っているところは、四畳半ばかりの広さをもった一枚岩のうえなのだが、

雪渓はそこから一丈ばかり眼下に展ひらけている。その一枚岩と大蛇のねじれたような壁

とのあいだに、幅一尺ほどの桟さん道どうができている。おそらくそこは太古からここを

訪れた多くの探検家たちによって、自然に踏みならされたものだろう。

「滑りますから気をつけてください。それに頭に気をつけてくださいよ。岩がとび出して

ますからぶっつけないでくださいよ」

 なるほど大蛇のねじれたような壁から、大きな岩の瘤こぶが突出している。一同は一枚

岩にとりすがりながら身をすくめて、やっと滑りやすいその桟道を降りていった。

 ここまで降りてくると神の摂理の見事さに、いよいよ驚かされるばかりである。金田一

耕助は地質学者ではないから、なめらかな河床を形成しているその砂が、どういう種類の

ものであるかわからなかったが、六本の懐中電灯が回転するとき、真っ白な砂の光沢が、

眼にチカチカするほどかがやいた。砂はじっとりとぬれている。そのぬれた砂のなかに

ニョキニョキと、あちこちに岩が顔を出しているのが、竜りよう安あん寺じの石庭をおも

わせて見事に造形されていた。

 一同はしばらく啞然として、このすばらしい景観に眼をうばわれていたが、そのとき柳

町善衛が金田一耕助の袖をひいた。

「金田一先生、ごらんください。そこにふた筋ぼくの足跡がついています。こちらから奥

へ進んでいるのと、奥からこちらへ帰ってきたのと」

 金田一耕助もすでにそれに気がついていた。その足跡は一枚岩のうえからではわからな

かったが、いまこうして河床とおなじ平面に立つと、ハッキリと観察ができるのである。

ぬれた砂のうえにクッキリと、二ふた条すじの足跡がついている。爪先がむこうをむいて

いるのと、こちらへむかって歩いているのと。

 柳町善衛はゆうべとおなじ靴をはいている。その靴跡はいまはいている善衛の靴跡と、

ピッタリ一致するようだ。しかも、この砂はたえずどこからかわき出でる水に洗われて、

多少なりともつねに移動しているらしい。したがってそこに印せられた靴跡が、ごく最近

できたものであろうことは想像にかたくない。

 どうやらこれで昨夜の抜け穴の怪人に関するかぎり、善衛のアリバイは成立したようで

ある。

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