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18 オフ会
日期:2024-06-28 11:33  点击:261
18 オフ会
 ゲーム『三体』ァ≌会の会場は、へんぴなところにある静かで小さな喫茶店だった。汪淼ワン?ミャオのイメージでは、いまどきのゲーマーのァ≌会といえば、大勢が集まるにぎやかで盛大なものだった。ところが、今回集まったのは、汪淼も含めてたったの七人。
ほかの六人は、汪淼と同じく、どう見てもゲーム好きには見えない。若そうなのはふたりだけで、女性ひとりを含めた三名は中年、残るひとりは、見たところ六、七十歳くらいの年配者だった。
 汪淼は、みんなが集まればすぐに『三体』についての熱い議論がはじまるものと思っていたが、その予想は外れた。『三体』の深遠かつ不可思議な内容は、プレイヤーに心理的な影響を与えていたらしい。汪淼自身も含め、参加者全員が、『三体』についておいそれと話しはじめることができずにいる。それぞれが簡単な自己紹介を済ませると、年配者は凝った細工のパイプをとりだして刻み煙草を詰め、ゆっくり壁際のほうに歩いていくと、壁にかかっている油絵を鑑賞しはじめた。ほかの参加者も、静かに座って、ァ≌会の幹事が現れるのを待ち受けている。全員、定刻より早く来ていた。
 この六人のうちふたりに、汪淼は見覚えがあった。白髪で血色のよい年配者は著名な学者で、現代科学に東洋哲学の思想を吹き込んだことで知られている。奇抜な服を着た女性は名の知れた作家で、前衛的な作風だが、かなり多くの読者がいる。彼女の書いたものは、どのページから読みはじめてもいいらしい。あとの四人のうち、ふたりは中年で、ひとりは国内最大のソフトウェア会社の副社長ただし、服装はカジュアルで飾りけがなく、とてもそんなふうに見えなかった、もうひとりは国営電力会社の役員だという。残るふたりは、どちらも若者だった。片方は国内大手メディアの記者で、もうひとりは理系の博士課程に在学中。『三体』のプレイヤーの多くは、社会的エリートであるらしい。
 ァ≌会の幹事はまもなくやってきた。その人物を見たとたん、汪淼の動悸がさらに速くなった。幹事は、潘寒ファン?ハンその人だったのである。申玉菲シェン?ユーフェイを殺害した疑いをかけられている第一の容疑者だ。汪淼はこっそりスマートフォンをとりだすと、テーブルの下で、画面を見ずに、史強シー?チアンに宛ててテキストメッセージを打ちはじめた。
「これはこれは みなさん、お早いお着きで」潘寒は、殺人事件などなかったかのように、リラックスした態度で挨拶をした。ふだんメディアに出るときは、ホームレスのようなだらしない身なりをしている潘寒だが、きょうはスーツに革靴で、身だしなみをきちんと整えている。「みなさん、想像していたとおりの方々ですね。『三体』はみなさんのようなハイクラスなユーザーのためのゲームです。『三体』の意味や雰囲気は、一般大衆にはじゅうぶんに楽しめませんからね。ちゃんとプレイするには、一般人が持っていない知識と理解力が必要です」
 汪淼はメッセージを送信した。『潘寒を見つけた。西城区の雲河珈琲館』「ここにいるみなさんは『三体』の優秀なプレイヤーだ。成績もすばらしいし、とても熱心です」潘寒が話をつづけた。「『三体』はすでにあなたがたの生活の一部になっているのではないでしょうか」
「いや、生きる理由の一部ですよ」博士課程の学生が答える。
「孫のコンピュータでたまたま見かけたのがきっかけでした」老哲学者はパイプの柄を持ち上げて言った。「孫は、二、三回プレイすると、難解すぎると言ってすぐに放り出した。だが、わたしはそのゲームに惹かれた。奇妙で、恐ろしくて、同時に美しい。シンプルな表象の下に、膨大な情報量と精密な細部が隠されている」 汪淼を含め、何人かの参加者がうなずいた。
 そのとき、テキストメッセージに史強からの返信があった。『こっちも見てる。心配ない。連中の前では熱狂的な「三体」信者の振りをしろ。ただし、うまくやれる範囲で』「ええ」女流作家が相槌を打った。「あたしは文学的な面に惹かれる。文明の興亡は、新しいかたちのすばらしい叙事詩だった」
 彼女は文明に言及したが、汪淼はまでしか経験していない。ということは、『三体』は、プレイヤーごとに進み具合が違うことになる。もしかしたら、プレイヤーごとに世界も違うのかもしれない。
「ぼくは現実の世界にうんざりしているんだ。『三体』はすでにぼくの第二の現実になってる」と若い記者が言う。
「そうなんですか」潘寒は興味深げに口をはさんだ。
「わたしもだ。『三体』とくらべると、現実はほんとうに低俗で味気ないよ」企業の副社長が言った。
「ただのゲームなのが残念だ」国営電力会社の役員も話に加わる。
「すばらしい」潘寒はうなずいた。汪淼は潘寒の目が興奮に輝いているのに気づいた。
「ひとつ質問があるんですが──たぶん、みんな答えを知りたいはずです」汪淼は言った。
「どういう質問かわかってますよ。でもやはり、あなたから質問してください」「『三体』はただのゲームなんですか」
 ァ≌会参加者たちはそろってうなずいた。みんな、同じ質問を考えていたことは明白だった。
 潘寒は立ち上がって、重々しく言った。「三体世界、もしくは三太陽世界トライソラリスは、たしかに実在します」
「どこに」数人が異口同音にたずねた。
 潘寒はまた腰を下ろし、しばらく沈黙してから口を開いた。「わたしに答えられる質問もあれば、答えられない質問もあります。ただ、もしみなさんが三体世界と縁があるなら、いずれはすべての質問に答えを得られるでしょう」「つまり、あのゲームは、実在の三体世界を正確に描いていると」記者がたずねた。
「まず、多くの文明で見られる三体人の脱水機能は現実のものです。予測不可能な自然環境の変化に対応し、生存に適さない劣悪な気象条件を回避するため、彼らはいつでも体内の水分を完全に排出し、乾いた繊維質の物体になることができます」「三体人はどんな外見なんでしょうか」
 潘寒は首を振り、「わかりません。こればかりは、ほんとうにわからないんです。それぞれの文明ごとに、三体人の外見は完全に異なっています。ほかにもうひとつ、三体世界の現実でゲームに反映されているのは、人列コンピュータです」「へっ、わたしはあれこそいちばん真実味がないと思うがね」企業の副社長が反論した。
「うちの会社の百名以上の社員で簡単な実験をしてみたことがある。このやりかたがほんとうに実現できたとしても、人列コンピュータの演算速度は、ひとりの人間の手計算よりも遅いだろう」
 潘寒は謎めいた笑みを浮かべ、「たしかに。ですが、もし人列コンピュータを構成する三千万の兵士ひとりひとりが、黒と白の小さな旗を一秒に十万回振ることができ、システムバスを行き来する軽騎兵の歩行速度が音速の数倍もしくはそれ以上だったとしたら、結果は違ってきます。先ほど、三体人の外見について質問が出ましたが、いくつかの現象から見て、人列コンピュータを構成する三体人は、すべての光を反射する鏡面に全身を覆われています。おそらく、極端な日照条件に適応するための生存戦略として進化してきた形質でしょう。鏡のような体表はどんなかたちにでも変化し、体を使って光を集めて反射することでたがいにコミュニケーションがとれます。この光線言語の送信速度はとても速く、それが三体人列コンピュータの基盤になっています。もちろん、それでも非常に非効率なマシンですが、手作業では実行困難な計算をやりとげることが可能でした。じじつ、三体世界のコンピュータは、まず人列式が誕生し、その後に機械式に、それから電子式になったのです」
 潘寒は立ち上がると、参加者が座っている席のうしろを歩きながら言った。「いまお話しできるのは、ゲームの『三体』は、人類の歴史を借りて三体世界の発展をシミュレートしたものだということです。なじみのある環境でプレイしてもらうことが目的ですが、現実の三体世界と、ゲームの中のそれとのあいだには、大きな違いがあります。ただ、三つの太陽の存在は真実です。それは、三体世界の自然構造の基礎となっています」「このゲームの開発には莫大な金がかかっているね。だが、その目的は明らかに、金銭的な利益の追求ではない」の副社長が言った。
「『三体』というゲームの目的はシンプルです。同じ理想を共有する、われわれのような同志を集めることです」潘寒が答えた。
「同志 わたしたちがいったいどんな理想を共有していると」汪淼は思わずそう質問して、とたんに後悔した。敵意のある質問に聞こえたかもしれない。
 この発言は、やはり、潘寒を沈黙させる結果になった。彼は意味ありげな目で、参加者ひとりひとりを見定めるように見つめた。そして、軽い口調でたずねた。「もし三体文明が人類世界を侵略してきたら、みなさんはどう感じますか」「うれしいだろうな」はじめに若い記者が沈黙を破って答えた。「この数年に見てきたことで、ぼくは人類に失望している。人類社会にはもう、自己改革するだけの力がない。外部の力による介入が必要なんだ」
「賛成」女流作家が大きな声で叫んだ。たまりにたまった感情のはけ口がやっと見つかったというふうに、興奮をあらわにしている。「人類は最低よ。わたしは、文学というメスで人類の醜さを暴くことに半生を費やしてきた。いまはもう、暴くことさえうんざり。三体世界がほんとうの美をこの世界に持ち込んでくれることを心から願う」 潘寒は無言だった。その目に、また興奮の輝きが宿っている。
 老哲学者はすでに火の消えたパイプを振りながら、真剣な面持ちで語りはじめた。「この問題について、もう少し深く、みんなで掘り下げてみたい。アステカ文明のことはどう思う」
「暗黒で、血なまぐさい」女流作家が答える。「暗黒の森を通して、不気味な炎に照らされた血の滴るピラミッドが見える。わたしのイメージははそんな感じ」 哲学者はうなずいた。「すばらしい。では、想像してみてほしい。もし、スペイン人が侵略しなかったら、アステカ文明は、人類の歴史になんらかの影響を与えただろうか」「それは白を黒、黒を白と言いくるめるような理屈だ」副社長が哲学者に反論した。「アメリカ大陸を侵略したスペイン人は、ただの強盗や人殺しにすぎない」「だとしても、すくなくとも彼らは、ありうべきひとつの未来を防いだ。すなわち、アステカが無制限に発展して、アメリカ諸州を血なまぐさい暗黒の大帝国に変えてしまうこと。もしそうなっていたら、いまわたしたちが知っているような文明社会はアメリカに現れず、人類史における民主主義の出現はずっと後年になっていただろう。それどころか、もしかしたら、民主主義など出現しなかった可能性もある。これが、さっきの質問に対する鍵だ。三体文明がどのようなものであれ、彼らの到来は、病床で死を待つだけの人類にとっては、やはり吉報となる」
「しかし、アステカ文明は西洋の侵略者によって完全に滅ぼされた。この事実をじっくり考えてみましたか」国営電力会社の役員はそう言って、まるではじめて会う人間を見るように、ゆっくりまわりを見渡した。「その思想は、とても危険です」「とても深遠ですよ」博士課程の学生が口をはさみ、哲学者に向かって、何度も勢いよくうなずいた。「ぼくも同じことを考えていましたが、どう表現していいかわからなかった。あなたの話はほんとうにすばらしかった」
 しばらく沈黙が流れたあと、潘寒が汪淼のほうに目を向けた。「ほかの六人のかたは、態度を表明しました。あなたはいかがです」
「わたしはそちら側です」汪淼は記者と哲学者のほうを指して、それだけ答えた。いまは多くを語らないほうが得策だ。
「わかりました」潘寒はそう言うと、企業の副社長と国営電力会社の役員の方を向いた。
「おふたりは、この会にはふさわしくないようですね。それに、継続して『三体』をプレイされることも適切ではありません。おふたりのは抹消します。どうかおひきとりください。ここまでいらしていただき、ありがとうございました。どうぞ」 ふたりは立ち上がり、しばしたがいに目と目を見交わした。それから、とまどったようにまわりを見渡したあと、ドアから出て行った。
 潘寒は残った五人に手を差し出し、ひとりひとりとかたい握手を交わした。そして最後に、厳粛な口調で言った。
「これで、われわれは同志です」
 
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