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34 虫けら
日期:2024-06-28 13:41  点击:267
34 虫けら
「これに最後まで目を通したら、三年前、きみが球電研究からマクロ原子を発見したときのことを思い出すに違いない。あれはきみがいちばん輝いていた時代だった」汪淼は、丁儀ディン?イーに向かって言った。彼らはこのとき、丁儀の家の広いリビングで、ビリヤード台のそばに立っていた。
「ええ、ぼくはずっとマクロ原子に関する理論を構築しようとしてきたんですが、いま閃きました。マクロ原子は、通常の原子が低次元に展開されたものである可能性が高い。この種の展開は、われわれが知らない自然力によってひきがねを引かれ、ビッグバン後すぐに展開がなされたか、もしくはいまもずっと継続して展開されつづけている。もしかすると、この宇宙のすべての原子は、悠久の時間の果てに、最後は低次元に展開するのかもしれない。だとしたら、われわれの宇宙の最期の姿は、低次元の原子で構成されたマクロ宇宙ということになる。これもまた、エントロピー増大の法則のひとつと言えるでしょうね。
 ……当時、マクロ原子の発見は、物理学にとって重大な出来事だと思われていましたが、いまにして思えば、それほどたいしたことでもなかった」丁儀はそう言うと、立ち上がって、書斎になにかを探しにいった。
「なぜだい マクロ原子を捕えることができれば、高エネルギー加速器を使わずに、マクロ原子そのものからダイレクトに、物質の基本構造を探ることができるんじゃないか」「当初はそう思ってたんです」書斎から出てきた丁儀の手には、銀縁の凝った写真立てがある。「いまとなっては、お笑いぐさだ」丁儀は腰をかがめて、汚れた床に落ちている煙草の吸い殻を拾い上げた。「このフィルターを見てください。前に、このフィルターの中身をほぐして二次元に広げたら、このリビングほどの面積になると言いましたよね。しかし、もしほんとうにそうやって展開したとしたら、いくら研究を重ねたところで、その平面の状態からもとの三次元構造のフィルターに戻せますか どうやっても無理でしょう。
もとの三次元構造の情報は、低次元に展開したとき、すでに失われている。割れたコップがもとに戻らないように、原子の低次元展開は、不可逆的な変化です。
 三体人科学者のすごいところは、亜原子粒子を低次元に展開するのと同時に、高次元の情報を保持することによって、すべての過程を可逆的にしたことです。それに対し、われわれが物質の基本構造を研究する場合、まだ十一次元のミクロ次元からしかスタートできません。つまり、加速器なしでは、なにもできないのです。たとえて言うなら、加速器は地球文明にとって、そろばんと計算尺です。それらを使ってはじめて、われわれは電子計算機を発明することができる」
 丁儀は汪淼に、写真立ての写真を見せた。ひとりの若く美しい女性士官が、ひとクラスぶんほどの子どもたちのあいだに立っている。澄み切った女性の瞳は、魅力的な笑みをたたえていた。彼女と子どもたちはきれいに刈られた緑の芝生に立ち、芝生の上では白い小さな犬が何匹か遊んでいる。彼女たちのうしろには、工場のような大きくて高い建物が見える。その壁には、色鮮やかな塗料で、動物たちや花や風船の絵が描かれていた。
「楊冬ヤン?ドンの前の恋人か きみはリア充だったんだな」汪淼は写真を見ながら言った。
「彼女は林雲リン?ユン、球電研究とマクロ原子の発見に際して、鍵となる貢献をした人物です。もし彼女がいなければ、あの発見はなかったと言っても過言じゃない」「聞いたこともないな」
「そうでしょう。あなたが聞いたこともない事情のせいです。しかしぼくはずっと、彼女に対して不公平だったと思ってきました」
「彼女はいま、どこにいるんだい」
「あるところに……もしくは、あるいくつかの場所にいます。……ああ、もし彼女が現れてくれたら、どんなにいいことか」
 丁儀は不思議な答えを返したが、汪淼は気にもとめなかった。写真の女性になんの関心もなかったので、汪淼は写真立てを丁儀に返すと、手を振って言った。「どうでもいい。
なにもかもどうでもいいよ」
「そう、すべてはどうでもいいことです」丁儀はビリヤード台の上にていねいに写真立てを置いて、それを見ながら、台の隅に置いてあった酒瓶をとった。
史強シー?チアンがドアを押し開けて入ってきたときには、ふたりとも酔っ払い、ほとんどできあがっていた。ふたりは史強の顔を見て、さらに感情のボルテージを上げた。汪淼は立ち上がり、史強の両肩を抱くと、「ああ、大史ダーシー、史隊長……」と声を詰まらせた。
 丁儀はよろよろしながらグラスを探し、ビリヤード台に置いてから酒を注いだ。「あんな奇策は思いつかないほうがよかったんだ。あのメッセージをぼくらが読もうが読むまいが、どっちみち四百年後の結果は同じだろうよ」
 史強はビリヤード台の前のソファに腰を下ろすと、ふたりに交互に目をやった。「ほんとにそうなのか もうどうしようもないのか ゲームオーバー」「もちろん。ゲームオーバー。なにもかもおしまい」「加速器が使えないと、物質の構造が研究できない。それでゲームオーバーだと」「はあ ……じゃあ、どうしろと」
「技術はまだ進歩をつづけている。汪院士せんせいたちはナノ素材を開発したばかりだし──」
「古代の王国を想像してみてくれ。彼らの技術は進歩している。兵士のために、よりよい刀や剣や長矛をつくってきた。やがては、マシンガンみたいに自動連射できるクロスボウさえつくれるかもしれない。しかし……」
 史強が思案にふけるような顔でうなずいた。「しかし、もしそいつらが、物質は原子でできていることさえ知らずにいたらどうなるか。ミサイルも人工衛星もずっとつくれないし、科学技術の発展のレベルもたかがしれたもんだっただろう」 丁儀が史強の肩を叩いた。「ぼくは前から、史隊長は頭がいいと見抜いていたよ。要するに……」
 汪淼が話をひきとった。「物質の基本構造の研究は、すべての科学の基礎の基礎だ。もしこの研究に進展がないとしたら、それこそなにもかも──きみの言う〝ナンセンス?だよ」
 丁儀は汪淼を指して、「汪院士はこれから死ぬまでずっと忙しいでしょう。今後も、刀やら剣やら長矛やらの改良をつづけることになる。でも、ああくそ、ぼくはいったいなにをすればいい だれにもわかるもんか」酒の空き瓶を台に放り出し、ビリヤード球をそれに投げつけた。
「好都合じゃないか」汪淼がグラスを掲げて言った。「おれたちはこいつの力で人生をやり過ごせる。退廃と堕落の立派な口実ができたんだ。おれたちは虫けらだ そのうち滅びる虫けらさ。ははは……」
「そのとおり」丁儀も杯を掲げる。「虫けらに乾杯だ 三体人はぼくらのことなんかなんとも思ってないから、計画を偽装するどころか、なにもかもそのまま降臨派に伝えた。人間が殺虫剤のスプレー缶を虫から隠したりしないのと同じことだ。まったく、世界の終わりがこんなに気分のいいものだとは思わなかったよ。虫けら万歳、智子万歳 終わりの日、万歳」
 史強は首を振って目の前のグラスを一気に飲み干すと、また首を振った。「情けない」「じゃあどうしろと」丁儀が酔っぱらった目で史強を睨みつけた。「ぼくらに活を入れてくれるのか」
 史強が立ち上がった。「行くぞ」
「どこへ」
「活力源を探しに」
「いいから、兄貴。座れって。飲もうじゃないか」 史強はふたりの腕をつかんでひきずった。「行くぞ。なんなら酒も持ってこい」 下へ降りると、三人は史強の車に乗り込んだ。車が発車するとき、汪淼はようやく、どこへ行くのかたずねた。「おれの故郷さ。すぐ近くだ」と史強が答えた。
 車は北京市街を出て、京石高速道路を西に向かって突っ走る。河北省に入ったあたりで、高速を下りた。史強は車を降りると、車内のふたりを呼んだ。丁儀と汪淼も車を降りた。さんさんと降り注ぐ午後の陽射しにふたりは目をしばたたいた。華北大平原に、見渡すかぎりの麦畑が広がっている。
「いったいなんのためにこんなところまで連れてきたんだ」汪淼がたずねた。
「これを見せるためさ」史強はスタントン大佐からもらった葉巻に火をつけて、その葉巻で目の前の麦畑を指した。
 汪淼と丁儀は、ようやくそれに気づいた。イナゴだ。イナゴの群れがびっしりと畑をおおいつくしている。麦一本につき最低でも数匹のイナゴがたかり、地面にもたくさんうごめいて、まるでねっとりした液体が広がっているように見える。
「この地方にも蝗こう害がいがあるのか」汪淼はイナゴを追い払って畦あぜに腰を下ろした。
「砂嵐みたいだろ。十年前からだ。だが、今年はいちばんひどい」「それがどうした なにもかも、もうどうだっていいんだよ、史強兄貴」丁儀はまだ酔いが醒めていないらしい。
「あんたたちふたりに、ひとつ質問がある。地球人と三体人のあいだの技術力の差と、イナゴと地球人のあいだの技術力の差。両者をくらべてみて、どっちが大きい」 ふたりの酔っ払い科学者にとって、これは、頭から冷水を浴びせるような質問だった。
イナゴの大群を見ているうち、ふたりはだんだん真剣な表情になってきた。ふたりとも、史強がなにを言いたいのか理解していた。
「見てみろよ。これが虫けらだ。こいつらとおれたちの技術力の差は、おれたちと三体文明の技術力の差よりずっと大きいよな。そして、おれたち地球人は、この虫けらをなんとか滅ぼそうと、全力を傾けてきた。殺虫剤をヘリから散布したり、天敵を育ててけしかけたり、卵を探し出して処分したり、遺伝子操作で繁殖を防いだり、火で焼きつくしたり、水で溺れさせたり。どの家庭にも殺虫剤のスプレー缶があるし、どのデスクの下にも蠅たたきがある。この果てしない戦争は、人類文明の開かい闢びゃく以来ずっとつづいてきた。しかし、まだ結果は出ていない。虫けらどもはまだ絶滅してないどころか、我が物顔でのさばっている。人類が出現する前と比べても、虫の数はまるで減ってない。
 地球人を虫けら扱いする三体人は、どうやら、ひとつの事実を忘れちまってるらしい。
すなわち、虫けらはいままで一度も敗北したことがないって事実をな」 小さな黒い雲がひとつ、太陽の前を横切り、移動する影を大地に落としている。それは、ふつうの雲ではなかった。たったいまやってきた、イナゴの大群だ。群れは近くの畑に降りてきた。三人は生きたシャワーのただなかで、地球上の生命の重さを感じていた。
丁儀と汪淼は手にした瓶の酒を華北大平原に注いだ。それは、虫に対する乾杯だった。
「大史、ありがとう」汪淼は史強に片手をさしだした。
「ぼくも感謝するよ」丁儀が史強のもうひとつの手を握った。
「早く戻らないと」汪淼が言った。「やることがいっぱいある」
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